■汚屋敷の兄妹-汚屋敷の兄妹 41.排除 (2015年08月16日UP)

 真穂が立ちあがって、ゴミニートを見降ろして言った。
 「学歴と今の仕事を言っただけじゃない。ゆうちゃんにとっては、それが暴言なの?」
 「いや、そんなの、内容じゃなくって、目的で判断しろよ。こいつら、オレをディスる為に学歴自慢しやがったんだぞ!?」
 双羽さんが、何か呪文を唱えた。詠唱の中に「ヤマバタユウイチ」と、名前が織り込まれている。本気だ。
 ゴミニートの体が立ち上がり、ぎくしゃくした動きで縁側を向く。
 「先程の続きですが、私如きの魔力では、このように単純な動作しか強制できません。それも、それなりの意思力か魔力があれば、簡単に振り解ける程度のささやかな物です」
 気合いでキャンセルできる魔法なのか。でも、ゴミニートの意思力じゃ無理だろうな。
 双羽さんは、更に呪文を唱えた。今度は足がぎくしゃく歩きだす。縁側を横切り、そのまま庭に落ちて倒れ、雪に埋もれた。
 双羽さんが続けて呪文を唱える。ゆうちゃんは手を突いて立ち上がり、操り人形のような動きで雪の中を数歩進んで、カクンと回れ右。膝が曲がり、雪が積もった庭で座敷に向かって正座させられた。
 「私如きの力では、言葉を封じる事はできません。何か言いたい事があれば、どうぞ」
 ゆうちゃんは何も言わなかった。

 俺はポケットからICレコーダを出して見せた。
 「あの、双羽さん、これでさっきからずっと会話を記録してあるんで、証拠がバッチリ残ってるんですけど、ゆうちゃんってもう、不敬罪でこの国の警察に突き出しませんか?」
 「この国の司法に委ねるか否か後程、殿下のご意向を確認致します」
 「いや、身内売るとか、どんだけ根性腐ってんだよ? こんなド田舎で警察沙汰になんかなったら、身内みんなここに住めなくなるんだぞ? わかってんのかよ!?」
 ゴミニートが必死に保身する。純白の新雪がヘドロで濁り、雑妖が我が物顔で走り回る。身内は無言でゴミを睨んだ。
 「殿下は、ご自身が非常に強いお力をお持ちだと言う事をご存じだからこそ、何もおっしゃらなかったのです」
 「は? いや、今、そんなの聞いて…………」
 寒いからか、双羽さんに睨まれたからか、ゴミニートは震えあがって口を閉じた。
 「もし、殿下が貴方と同じ暴言を吐いたなら、貴方は今頃、生きてはいませんでした」
 「は? そんなの命令ひとつであんた達がオレを殺すからだろ?」
 双羽さんは心底、残念そうな顔で溜息を吐いた。
 「違います。殿下はその魔力によって直接、命を奪う事ができるのです。単純で強力な思いを口に出せば、場合によっては実現してしまいます。我々近衛騎士は、王族を警護しますが、同時に、王族が魔力を暴走させないよう、監視する役割も担っています」
 「さっき宗教が売り言葉に買い言葉で『ゆうちゃんなんか死んじゃえ』とか言ってたら、ゆうちゃん、宗教に魂抜かれてたって事だ」
 マー君が卓上コンロの火を消して言った。米治叔父さんが土鍋に蓋をする。
 納得いかない顔のゴミの為に、双羽さんが魔法の仕組みを簡潔に説明してくれた。

 「ゆうちゃん、ずっと口応えばっかりで、全然反省してないね」
 真穂が、縁側で腕組みして言った。米治叔父さんが立ちあがる。マー君、ツネ兄ちゃん、俺も立ち上がった。
 座ってるのはゴミニートだけだ。
 「殿下は強大なお力をお持ちだからこそ、ご自身が不当に貶められても、無闇にそのお力を振るわず、自制なさったのです」
 「優一、自分で言ってて情けなくならないのか? お前、さっきから暴言と妄言を吐いて、筋の通らない無茶苦茶な言い訳で自分を正当化してるだけじゃないか。
 何で現実を直視しようとしないんだ? 自分の姿がちゃんと見えていたら……現状を正しく認識してたら、さっきみたいな事は一言も言えない筈だぞ」
 「ゆうちゃん、他人を貶めても自分の立場が下がるだけだよ。王族の宗教を泣かせて、勝った気でいるのかも知れないけど、そんな事ないから」
 「宗教に訴えられたら最悪、外交問題だぞ? 小国とは言え外国と揉めるくらいなら、この国の政府は、ゆうちゃん一人を見捨てる方を選ぶと思うぞ?」
 双羽さん、叔父さん、ツネ兄ちゃん、マー君がゴミニートを諭したり、正したり、見捨てたりした。
 「いや、オレもホントの事だからって、ちょっとは言い過ぎた所があったかもな。喧嘩両成敗で水に流して許してやるから、ムネノリ君にも、機嫌直すように言っといてくれ。いや、ほら、オレ達みんな親戚なんだし、もうすぐ正月だし、水入らずで、仲良く年越ししよう。なっ」
 明白な「反省してますのポーズ」だ。口から雑妖を吐いてる上に、どこまでも上から目線。何が喧嘩両成敗だ。ノリ兄ちゃんは何も悪くないだろうが。
 座敷組は互いに顔を見合わせ、無言で視線を交わした。みんな、ゴミニートを見限ったって目をしている。双羽さんが呪文を唱えて、冷たく言った。
 「もう自由に動けますよ」

 俺は、ICレコーダを停止して言った。
 「ゆうちゃん、もう帰ったら?」
 「は?」
 「さっきの話、聞いてたよね? 三枝さん、ノリ兄ちゃんを、我が子同然に思ってるって……」
 「誰かが、三枝さんにさっきの話を翻訳したら、どうなるだろうなって事だよ」マー君がニヤニヤ笑いながら続ける。「宗教の魔法なら一瞬で灰にできるしなぁ」
 真穂が、お盆代わりにバットに食器を載せて、座敷を出た。ツネ兄ちゃんが追加する。
 「クロエも、さっきの宗教とゆうちゃんのやり取りを聞いてて、凄く怒ってたよ。宗教が、人間への攻撃を禁止する命令を出してなかったら、クロエにも何されるか……」
 「えっ……いや、ちょっ…………」 
 焦るゴミニートに、マー君が本家の方角を指差して言う。
 「ゆうちゃん、本家の長男なのが自慢なんだろ? 分家に長居してないで帰れば?」
 「自宅に戻って下さい。ぐずぐずするなら……」
 双羽さんが光の剣を一振りすると、ゴミの眼前に身長サイズの氷柱が何本も現れた。
 ゴミニートが、靴下裸足で庭を走り抜け、玄関に回る。靴を履いて、除雪された道を全力で逃げ帰った。
 光の剣が一閃し、庭のヘドロと雑妖を消し去った。座敷の穢れも一振りで消える。ゆうちゃんの思いなんて、所詮こんなもんなんだ。

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