■汚屋敷の兄妹-真穂の12月25日〜12月26日 17.埋没(2015年08月16日UP)

 クロエさんが食器棚を庭に出した。双羽さんが、バラバラになったカラーボックスを水で流して外に出す。多分、ゴミに埋まってたから、腐ってて、持ちあげたら崩れたんだ。脱衣所の時みたいに。ホント、ゴメンナサイ。
 双羽さんと三枝さんが交替する。三枝さんは、ゴム手袋を受け取って、家に入った。
 お兄ちゃんが共通語で何か言うと、三枝さんは頷いた。廊下の棚に手を添えて、何か呪文を唱える。短い呪文が終わると、側板を掌で軽く叩いて、棚を持ち上げた。中身が詰まってるのに、ひょいっと持って、すたすた外に出る。
 軽くする魔法……なのかな? 超便利じゃん。
 棚の後ろには、毛布みたいな灰色の埃の塊と、ドアがあった。

 隠し扉を発見した!

 ……とか言ってる場合じゃない。ドア本体は埃に埋まってて、ノブだけが出てる。ノブの上にも、埃がこんもり。
 「こんな所に……部屋、あったんだ……」
 「間取的に、あるだろうな。後何部屋か」
 「仏間も塞いでるんだな。私が子供の頃は、入れたんだけど……」
 ツネ兄ちゃんが、隠し扉の反対側の棚をコンコン叩いた。
 廊下は、棚とカラーボックスがぎっしり。玄関から右手側はトイレ、脱衣所、居間の入口だけが開いてる。反対側は、脱衣所の向かいが階段、階段の隣にお父さんの部屋、その隣がお祖父ちゃんとお祖母ちゃんの部屋。台所は突き当り。
 そう言われてみれば、玄関に近い所にも部屋がないとおかしい。廊下が長過ぎる。って言うか、居間に対して廊下が長いから、脱衣所&お風呂と居間の間にも、もう一部屋ある。
 「とにかく、掘り進めよう」
 お兄ちゃんに言われて、私は外に出た。雪下ろしのスコップを二本持って戻る。クロエさんは黙々と、カラーボックスや棚を中身が詰まったまま、外に出している。三枝さんは、ひとつずつ呪文を唱えて持ち出す。
 「二本か……よし、ツネ兄ちゃん、真穂、スコップで掘ってくれ。俺は洗剤とか、重い物持ってくよ」
 上の方から少しずつ、スコップですくってゴミ袋に入れる。手でするよりずっとたくさん入れられて、凄く捗る。
 重くて固い手応え。周囲のゴミを手で除けたら、洗剤の段ボールが出て来た。スコップで慎重にゴミを除けて、お兄ちゃんに交替。お兄ちゃんは、食器用洗剤が二ダース入った箱を持って庭に出た。
 玄関からトイレ前までの廊下には、背の高い棚が九つ、低い棚が六つ、カラーボックスが十二個あった。棚の前に棚があって、奥は完全に使用不能。部屋の入口を塞ぐ壁。
 玄関の右手側は、洋間と納戸。左手側は、玄関に近い方が仏間、奥はツネ兄ちゃんも知らない部屋だった。洋間の入口は、玄関の右奥にもあった。靴箱で塞がってて、私は気付かなかった。

 どの部屋も、物がギュウギュウで人が入れなくて、広さがわからない。
 スコップと魔法の導入で、廊下の物出しが面白いくらい進む。
 三枝さんが、階段と謎の部屋の間の棚を除けると、また同じ大きさの箪笥が出て来た。何でこんな所に服置いてんの?
 クロエさんが箪笥を運び出すと、更に箪笥が出て来た。
 私とツネ兄ちゃんが、お父さんの部屋の前まで掘り進む。お兄ちゃんは、発掘した新品の洗剤やゴミ袋、電池、ビニール紐の段ボールを抱えて外に出す。魔法なしで運んでるから、汗だくだ。
 お中元やお歳暮のタオルや調味料、油、ジュース、缶詰、石鹸、シャンプーセットとかも、箱のまま出て来た。箱もラベルもすっかり色褪せてる。缶詰は、缶が腐食して破裂して、箱に浸み出してるのもあった。
 三枝さんが呪文を唱える以外、みんな、無言でゴミ出しをした。

 心が空っぽになる。

 私とツネ兄ちゃんも、汗だくになっていた。
 息苦しくなってきたけど、ここでマスクを外すと、大変な事になる。
 早く終わらせる為に、どんどん手を動かして、ゴミ袋を外に出す。外で深呼吸して、すぐ作業に戻る。
 「廊下に埋まってたものだけで、もう充分なんで、棚は丸ごと焼いちゃって下さい」
 お兄ちゃんが言うと、ノリ兄ちゃんはクロエさんに指示を出して、棚をゴミ焼き用の円の周囲に集めさせた。
 黴や埃でドロドロの棚が円陣を組む。異様な光景。キレイな庭で見て、改めて、こんな物が家にあった事の異常さを思い知る。
 家にあっただけ。全く使ってない。いつからあるかすら、わからない。ただの障害物。
 ノリ兄ちゃんは、障害物の周囲に線を引きながら、呪文を唱えた。円が完成して、真っ暗になる。広くなったゴミ焼き円で、白い炎が全てを焼き尽くす。
 私は中に戻って、作業を続けた。台所まで後、一部屋分だ。

 「みんなー、お昼食べに戻っといでーって」
 コーちゃんと政晶君が走って来た。
 もうそんな時間なのか。まだこんな時間なのか。
 二階に上がって、一応、ゆうちゃんにも声を掛けてみた。
 「分家でお昼一緒に食べよう。あと、ノリ兄ちゃん達が何か説明してくれるって」
 「うるせぇ! ブス!」
 起きてたみたいで、すぐに返事があった。これ以上喋っても意味なさそう。
 私とツネ兄ちゃんは、両手にふたつずつゴミ袋を持って出た。お兄ちゃんが、お歳暮の箱を三つ重ねて運ぶ。崩れたカラーボックスは、三枝さんも水で押し流した。
 玄関から、突き当りの台所までが、開通した。

 家に風が通る。

 階段脇のスペースには、棚と箪笥が合計四つ詰まっていた。引出しをちょっと開けたら、虫の巣だった。小さな蛾とその幼虫の死骸と生体がたくさん。衣類は食べられて、殆ど土に還っている。すぐに閉めたけど、何匹か飛んで行った。
 箪笥を除けると、小さなドアがあった。これこそホントに隠し部屋かも……? 中には古い扇風機とか、物がぎっしり。うんざり。多分、階段下収納って奴だ。
 装備を外して、外の雪で手と顔を洗う。冷たさが気持ちいい。
 「あぁ、食事の前に洗った方がいいですね。コンタクトの方はいらっしゃいますか?」
 みんな首を横に振る。声を出す元気もない。双羽さんは全員の顔を順番に見て、呪文を唱えた。畑の雪が軽トラ一台分くらい浮き上がって、一瞬で解ける。三枝さんも、同じ呪文を唱える。
 コーちゃんが、口をあんぐり開けて呆然とする。初めて見る魔法に驚いているのか、ウチの廊下が普通に歩ける状態なのが見えて、驚いているのか。
 水の塊が私の足下から、螺旋を描いて這い上がって来る。温かい。丁度いい湯加減のお湯だ。あっという間に濁る。首まで洗って離れた。ゴミ山に汚れを吐き出して、すぐ戻る。キレイなお湯が、顔と頭をやさしく洗ってくれた。お湯が触れてるのに、体は全く濡れていない。でも、汚れが落ちて、体が凄く軽くなった。やっぱり魔法、凄い!
 全員、洗い終えると、二人はお湯を用水路に流した。
 戸は開けっ放しだけど、ゆうちゃんが居るし、大丈夫でしょ。
 道々、双羽さんが除雪してくれたお蔭で、分家まで歩くのは、とても楽だった。

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