■汚屋敷の兄妹-賢治の12月25日 12.許可(2015年08月16日UP)

 「えっと、お久し振りです。お祖母ちゃんが怪我したんで、大掃除をちょっと……」
 「お久し振りです。瑞穂(みずほ)の次男、経済(つねずみ)です。あちらは三男の宗教(むねのり)です」
 「おぉおぉ、ツネちゃんか。大きゅうなって……」
 俺の隣に進み出たツネ兄ちゃんに、九斗山(くどやま)長老が顔をくしゃくしゃにして喜ぶ。後の三人は、胡散臭そうな目で庭のノリ兄ちゃんを見た。上等な薄手のコートを着て、怪しい杖を持って、可愛い声で何かブツブツ言っている。どう見ても不審者ですありが(ry
 ノリ兄ちゃんが詠唱を終えると、ヘドロと雑妖とガラクタの円柱が、真っ暗になった。突然、漆黒に染まった円柱に、地元の大人四人が口をあんぐり開ける。
 「不用品の焼却処分をなさっている最中です」
 双羽(ふたば)さんの説明に四人が顔を見合わせた。訳がわからなくて当然だ。俺もわからん。
 「県警本部から、外国の王族がお忍びでいらっしゃるげ、しっかり警護するよう、連絡があったんだが……」
 「王族?」
 駐在さんにもっと訳のわからない事を言われ、俺と真穂は困惑した。
 「まさか、そんなエライお人が、こんなド田舎に来るワケないわいと、タカを括っとったげ、さっき、ここまで警護して来たっちゅう機動隊が来てな……」
 「どちらさんが、その、外国の王族でございましょうや?」
 大笹(おおささ)消防団長が、金髪碧眼の双羽さんから目を逸らしながら聞く。視線の先に居たクロエさんも外国人だと気付き、消防団長は目を泳がせた。

 えっ? あれ? マー君の車にくっついて来たあれ、覆面パトカー……?

 「複雑な事情があって、説明すると長くなるんですが、宗教ですよ。警護もお断りしたんですけどね……」
 四人はツネ兄ちゃんと、漆黒の円柱の前に立つノリ兄ちゃんを交互に見た。ノリ兄ちゃんはマイペースに呪文を唱え、杖の石突きで地面をトントンと打った。
 円柱の中で、白い炎が揺らめく。皆既日食観察用の眼鏡越しに見た太陽を思い出した。
 「灰を入れる袋をご用意下さい」
 双羽さんに言われ、真穂が弾かれたように母屋へ走る。障害物を避けなくてよくなり、三秒で玄関に着いた。戸を細く開け、素早く閉める。すぐにゴミ袋の束を抱えて戻った。
 「袋の口を開いて持って下さい」
 俺と真穂は、双羽さんの言う通り、ひとつのゴミ袋の口を広げて待った。
 ノリ兄ちゃんが何か言うと、円柱が消えた。跡には、真っ白な灰が積もっている。あの大量のガラクタとヘドロと雑妖は消えていた。金属とか結構あったのに、灰しかない。全部焼いたにしても、灰が少ない。
 双羽さんの指示で、水が地に降りた。四人が驚いて何か叫ぶ。双羽さんはそれに構わず、水を這わせた。ノリ兄ちゃんが杖で地面を擦って、円の一部を消す。水はその隙間から入り、灰を溶かして出て来た。
 灰色の水が大蛇のように伸びて、ゴミ袋に頭を突っ込む。水の先から灰が吐き出され、ゴミ袋はすぐ満タンになった。農道から見えているのかと思うタイミングで、水が引っ込む。俺が袋の口を括り、真穂が次の袋を広げる。
 庭を埋め尽くしていたガラクタとヘドロと雑妖は、45Lのゴミ袋六杯分の灰になった。
 本気の産廃ばっかりで、どうやって処分しようかと思っていた物が、三十分足らずで片付いた。
 ノリ兄ちゃんと三枝さんが農道に戻ってきた。双羽さん、三枝(さえぐさ)さん、クロエさんがノリ兄ちゃんの傍に控える。
 「何度も同じ説明するの面倒だから、詳しい話はまた後でお願いします。今の僕は、山端家の外孫という事で、護衛は、この二人が居ますから、大丈夫ですよ」
 小さな女の子みたいに可愛い声で、口調も丁寧なのに、有無を言わせない何かがあった。
 「さっきみたいに、お庭でゴミ焼きしてもいいですよね?」
 「はい! 大変結構でございます!」
 ノリ兄ちゃんに聞かれ、大笹消防団長は、背筋を伸ばして敬礼した。駐在さんと隣保長の大山さんが、俺と真穂に助けを求めるような目を向けた。俺も知らない。
 「えー……それでは、何かございましたら、何なりとおっしゃって下さい」
 「辺鄙な場所ではありますが、精一杯、させて戴きます」
 駐在さんと九斗山区長が最敬礼する。ノリ兄ちゃんは気さくに「じゃ、また後で〜」と、手をひらひら振る。四人は首を傾げながら、去って行った。

 「大掃除する前に屋敷神様にご挨拶しよう」
 ツネ兄ちゃんが、蔵の脇に向かう。そっちを見ると、あたたかい光を感じた。敷地の隅に小さな祠があった。蔵と塀の間は木々が生い茂り、午前中なのに暗い。石造りの祠は木の格子戸が閉まっていた。お供えの白い皿には何もない。多分、さっき双羽さんがゴミとか洗い流してくれたんだろう。
 格子戸の奥に小さな光が視えた。
 ツネ兄ちゃんがしゃがんで手を合わせる。何を祈ったのか、祠の光が明るくなった。ツネ兄ちゃんが終わると、ノリ兄ちゃんも同じように拝んだ。光が更に強くなる。場所が狭いから、一人ずつ交代で拝む。
 俺は、今まで放置していた事を謝り、今から大掃除するから見守って下さい、と祈った。
 ツネ兄ちゃんに共通語で説明され、最後に三枝さんが祈りを捧げる。祠の光は一人終わる毎に強くなり、今は眩しいくらいだ。肉眼には見えないのか、影はできない。なのに、枝葉の闇がこんなに明るいのが、不思議だった。
 「屋敷神様がね、今まで悪い物を外に出さないだけで精一杯だったって言ってたよ」
 「穢れがなくなれば、元の力を取り戻せるかも知れないってさ」
 ノリ兄ちゃんとツネ兄ちゃんが、俺と真穂に屋敷神様の言葉を伝える。当たり前みたいに言うけど、二人とも霊能者か何かなのか? 借り物の霊視力では、神様の言葉は聞こえなかった。でも、何となく気持ちはわかった気がする。
 「頑張ります」
 俺は祠に深く頭を垂れた。

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