■汚屋敷の兄妹-賢治の12月26日〜12月28日 26.見舞(2015年08月16日UP)

 驚異の超スピードで、必要最低限の掃除は終わった。
 庭、ガレージ、玄関、廊下、風呂、トイレ、台所、祖母ちゃんの部屋。
 それだけじゃない。居間と物置部屋までキレイになった。
 階段下で、隠し部屋みたいなのも発見した。
 掃除がまだの部屋から雑妖が出てくるけど、生活スペースの安全は確保された。
 「曾孫の顔も見せたいし、大掃除の報告しに、お見舞いに行こう」
 マー君の提案で、メシの後、祖母ちゃんのお見舞いに行く事になった。マー君一家と騎士、叔父さん、藍ちゃん、コーちゃん、俺、真穂の大人数。
 叔父さんとマー君が車を出す。俺は灰を積んだ軽トラ。ついでに捨てて買出しにも行く。

 走り出してすぐ、俺は一人で軽トラに乗った事を激しく後悔した。
 ウチの外にも、化け物がうようよ居る。それは、ノリ兄ちゃんに教えてもらって覚悟していた。分家にもちょっと居たし、寝てても何か凄え悪夢を見た。
 でも、交通事故に遭った人が、その辺うろついてるとか、聞いてねえ。はっきり視えるけど、対向車がぶつかっても素通りしてるから、生身じゃない。
 道が矢田山市内に入ると、一気に数が増えた。特に何かしてくる訳じゃない。でも、グロ耐性の低い俺のメンタルは、病院に着く頃にはボロボロだった。
 ノリ兄ちゃん凄えよ。こんなの毎日見て、のほほんとしてられるって、ハンパねぇ。
 何とかコインパーキングに軽トラを止めた。
 病院を視て、足が竦む。混沌。キレイな光の帯と、何だかよくわからないドロドロの物が、入り混じって病院を包んでいる。でも、ここまで来て退く訳にはいかない。
 みんなに合流して、祖母ちゃんの病室に向かった。
 「ケンちゃん。前にここ来た事ある?」
 「あ、あぁ、うん」
 「じゃあ、大丈夫だよ。視えるだけで、直接影響はないよ」
 ノリ兄ちゃんに言われて、少しマシになったけど、俺の足はまだ震えていた。
 すれ違う入院患者が、生身の人とそうでない人と、どっちかわからん人が混じってて、どこを視ても怖い。
 「一度に入ると他の人に迷惑だから」
 真穂が言って、まず、よく知っている身内が説明する事になった。米治叔父さん、藍ちゃん、コーちゃん、俺、真穂の順で入る。

 四人部屋だけど、他のベッドは空だった。
 祖母ちゃんがテレビを消して起き上る。祖母ちゃんの周りで、花が咲くみたいに光がパッと広がった。少女漫画で、キャラの背景に花が咲くのがあるけど、正にあんな感じ。
 「まぁまぁ、みんな、いい所に来てくれたが、ありがとね」
 祖母ちゃんは顔を梅干しみたいにして喜んだ。向かいの人は一時帰宅、隣は検査、斜めは手術で留守だった。残りのメンバーも病室に入る。
 「祖母ちゃん、久し振りー。俺、政治、覚えてるー?」
 マー君が軽いノリで挨拶した。
 「マー君、よう来たが、よう来たが。ありがとね」
 「こいつは俺の息子の政晶。嫁は今年の春、病気で亡くなったんだ」
 マー君に背中を押され、政晶君が祖母ちゃんの前に出る。祖母ちゃんは、泣きながら政晶君の手を握って、さすった。
 「ご無沙汰してます。経済です」
 ツネ兄ちゃんが声を掛けると、祖母ちゃんはまた喜んだ。
 「ツネちゃん……立派になって……」
 「初めまして。宗教です」
 「まぁあ、ノリ君、元気になったが」
 「うん。ちゃんと育ってなくて、声変わりしてないけど、一応、働いてるよ」
 「お仕事できるの。よかったねぇ、よかったねぇ。瑞穂は、どうせすぐ死ぬなんて言ってたげ、ホントよかった……」
 祖母ちゃんが、またまた涙ぐむ。
 双羽さんが、ノリ兄ちゃんが王族である事と、来年にはあっちに行って、もうここには来られない事を説明した。それから、自分と三枝さん、使い魔の説明をする。使い魔は、執事さん風の年配の男性の形になっていた。
 祖母ちゃんは、わかったような、わからないような神妙な顔で頷いた。
 「このみんなで大掃除して、最低限の所はキレイになったから、松葉杖でも大丈夫だよ」
 「後でお父さん達に怒られんが?」
 俺の説明に祖母ちゃんの顔が曇る。
 「あぁ、それなら大丈夫。区長さんと住職さんと、駐在さんと消防団長さんと、隣保長さんが賛成してくれて、もし怒られたら、庇ってくれるって、約束してくれたから」
 真穂が言うと、祖母ちゃんは泣きだした。
 「ごめんねぇ……みんな、ごめんねぇ、苦労掛けて……」
 「いいよ。苦労してんの祖母ちゃんだし」
 「ゴミがなきゃ、そもそもこんな怪我せんで済んだが」
 俺と叔父さんがフォローする。
 「お祖母ちゃん、後七年、自分の幸せの為に生きてね」
 ノリ兄ちゃんの妙な励ましに、みんな首を傾げた。
 「お祖父ちゃん達が、お祖母ちゃんを大事にしてくれないんなら、お祖母ちゃんは、お祖母ちゃんを大事にしてくれる人と暮らして、幸せになればいいんだよ」
 「そうだ、お袋、オヤジも兄貴もお袋よりゴミが大事だげ、怒られんのイヤなら、ウチぃ来るがえぇ」
 逸早く理解した叔父さんが祖母ちゃんに言う。祖母ちゃんは、政晶くんの手を撫でながら、首を横に振った。
 「難しいげ、考えさせてくれんが?」
 「えぇが、えぇが。しっかり体治して、退院してからでえぇが」

 病院を出てすぐ、ノリ兄ちゃんに聞いた。
 「あと七年って何が?」
 「お祖母ちゃんの寿命」
 あっさりした返事に、頭を殴られたみたいになって、声の代わりに涙が出た。魔法使いってそんな事までわかんのかよ。
 「三界の眼だからね。その人にピントを合わせたら、大体分かるんだよ。残り十年切ってたら、何年後の何月何日までわかるし」
 じゃあ、俺も、わかるようになってるって事なのか?
 途端に人の顔を視るのが怖くなり、視線を足元に落とした。
 「借りてる人は、ピントを合わせ難いみたいで、みんな、わかんないって言ってたよ」
 こんなヤバイ視力、割と気軽に貸し出してんのな。
 俺は話題を変えてこの場を逃げた。
 「俺、クリーンセンターに行って、ジャヌコに寄って帰る。真穂も来てくれるか?」
 「うん、いいよ」

 助手席に「視えない」真穂が居るだけで、少し気が楽になった。
 真穂と取りとめもない話をして灰を捨て、田舎にありがちな馬鹿でかい駐車場付きのショッピングモールで、買物を済ませた。
 ステンレスの丈夫なラック。これなら、カラーボックスみたいに腐らない。組立式で、バラせば場所も取らない。プラケースは、透明で中が見える物。在庫品がどのくらいあるかわかれば、余分に買う事もないだろう。

 俺達が戻ると丁度、祖父母ルーム南半分の物出しが終わった所だった。和箪笥に着物とか入ってたけど、どれも虫食いでボロボロ。
 祖父母ルームの物で残ったのは、通帳とかの貴重品といつもの服、アルバム、古ぼけた金庫だけだった。
 押入れは、酷い状態だった。
 予備の布団は全部腐ってカビが生えて、虫ときのこの巣。カビと腐汁と虫の糞に汚染されて、押入れ内の他の物も終わっている。
 押入れ本体にもカビが生えて、そこに雑妖がギュウギュウの満員で、この世の終わりみたいな地獄絵図だ。コンクリートで埋めてしまいたい。
 双羽さんが、水に塩素系漂白剤を大量投入して、押入れに流し込む。魔法なのか、塩素が効いているのか。水に触れた雑妖が、一瞬で消滅する。双羽さんは、塩素水を押入れ全体に行き渡らせ、そのまま放置した。別の水塊で南半分の部屋を洗浄する。

 呆けてる場合じゃない。

 俺は、賞味期限が切れていないお中元、お歳暮を物置部屋に運ぶ作業に戻った。
 ガレージに入れていた箱を運び、設置したスチールラックに置く。中身を出して、種類毎に透明のケースに収める。
 「どこに何が幾つあるか」一目で在庫が把握できる配置にした。
 ケースに入ってれば、鼠とかに荒らされずに済むだろう。多分。
 ガレージに仮置きしていたテレビとコタツも、こっちに移した。
 祖父母ルームで発掘した古びた金庫も、ひとまずここに仮置き。
 物置部屋は、元「鼠地獄」とは思えない、清潔な倉庫になった。

 消防団長が呼びに来た。真穂が一応、声を掛けたが、ゆうちゃんは相変わらず来ない。
 あのニートも何とかしないと……
 あんまり大勢で行ってもアレだから、地元代表は米治叔父さん一人。巴一家と騎士二人と使い魔は、マー君の車で区長の家に向かった。
 もう日が暮れたから、俺達は戸締りして、分家に戻る。
 みんなが戻って来るまで待つ間、俺はコタツで考えた。
 大掃除の人手は十人、内三人が魔法使い、一人は人外。
 俺と真穂二人だけで頑張ろうなんて、無謀だった事を思い知らされた。汚屋敷レベルが高過ぎる。
 魔法使いが洗剤で無双して、超火力で焼き払わなきゃ、どうにもならない。
 もし、プロを雇ってたら、人海戦術で、業務用洗剤&高圧洗浄機&スチームモップ無双、クリーンセンターに搬入しまくりってとこか。
 どんだけ金掛かったろう? 取り壊した方が安かったかもなぁ……
 親戚で元手がタダの魔法でも、プロ並みのお礼しなきゃ、申し訳なくてヤベェ……
 ってかあのニート、あんだけバタバタしてても出て来やがらねぇ。
 ホント、どうにかしねぇと、祖母ちゃん、ゴミニートの為に本家に帰って、今度こそ寿命の前に死ぬかも知れん。

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