■汚屋敷の兄妹-真穂の12月 04.旅立 (2015年08月16日UP)

 十二月二十二日。
 高校最後の二学期も無事終了。三学期は、受験対策の為に登校日は少ない。
 お兄ちゃんと同じ方法で、大学受験の手筈も整っている。当然、お祖父ちゃんとお父さんには、秘密だ。
 帰ってすぐ私服に着替え、荷物を詰めたスーツケースを持って家を出る。一応、お祖父ちゃんとお父さんに声を掛けた。TVに夢中で返事どころか、こっちを見もしない。
 私は色々諦めて、門の前に出た。
 今は雪に埋もれてるけど、ウチの庭は、ほぼ産廃置場だ。
 古タイヤ、壊れた農機、折れたビニールハウスの骨組、破れたハウスのビニール、壊れたハウス用照明、破れたマルチ、割れたプラケース、割れたプラ箱、割れた植木鉢、折れた脚立、刃こぼれした鋸や剪定鋏、化学肥料や農薬の袋やボトル、水漏れするホース、壊れたストーブや家電、何に使うかわからないまま朽ちた材木、壊れた自転車、車検切れの壊れた乗用車が積み上がっている。
 プラ籠は、野菜運搬用の大きいアレだ。それ以外も、ほぼ全てプロの農家用なので、大きくて重い物ばかり。
 猫の額レベルの空きスペースには、物干し台が置いてある。
 洗濯物を干しても、なかなか乾かない。風が通らないから。
 庭木は枝が伸び放題で、農道にはみ出して、落ち葉と毛虫を撒き散らす。ご近所さんに申し訳ないから、農道だけ、私が掃除する。
 でも、庭はガラクタに占領されてて、落ち葉掃きとかできない。車庫と倉庫の前は空いてるけど、古い蔵の前には近付く事もできない。
 蔵の横に柿の木があるけど、一度も取って食べた事がない。毎年、鴉が食べておしまい。家の裏も、木が鬱蒼と生い茂っていて、ちょっとした雑木林みたいになっている。
 白いセダンが近付いてきた。大畑(おおはた)さんちの車だ。
 ウチの前に停まって、すぐ後部扉を開けてくれた。菜摘(なつみ)ちゃんのお父さんが、ハンドルを握ってる。お母さんが助手席から降りて、後ろの荷台にスーツケースを積んでくれた。
 万一、お祖父ちゃん達に聞かれるとマズいので、車が走り出してから、口を開く。
 「宜しくお願いします。無理言ってすみません」
 「話は全部聞かせて貰った。ウチはこんくらいが手伝えんげ、すまんな」
 「えぇが、えぇが、気にせんでも」
 「いえ、そんな……充分過ぎるくらい有難いです。ご迷惑をお掛けしてすみません」
 「なぁに、えぇが、えぇが。ウチもアレは何とかせにゃと思っとったげな。ウチの四トン出すげ、重機でまとめてガーッと持ってこうが?」
 「あ、いえ、そこまでして戴くのは申し訳なさ過ぎます。お兄ちゃんが帰って来るんで、ウチの軽トラで頑張ります」
 「お? ケンちゃん帰って来るんげ? 立派になっとろうなぁ」
 「んー? さぁ……私も長い事会ってないんで……」
 メールでは時々連絡してるけど、リアルでは四年近く会っていない。
 「真穂ちゃん、卒業したら、畷(なわて)さんと結婚させられるって、ホント……? う……噂、聞いて……」
 硬い表情でずっと黙っていた菜摘ちゃんが、私の顔を覗き込むようにして言った。語尾が震えて消える。
 畷さんは、農協の隣にある大きな家だ。長男はもうお爺さんの歳だけど、未だに独身で、お見合いセンターにも登録してるけど、全然ダメらしい。
 「あぁ、それ? 法話会でそんな話が出たみたい。区長さんと住職さんが、歳が釣り合わないからって、駄目出ししてくれたらしいよ。ウチのお祖父ちゃんと畷さんは、割と本気だったみたいだけど、他のみんなは笑ってたって」
 「それって、ヤバくない? 畷さん、もう後がないし、諦めてくれればいいけど……」
 菜摘ちゃんの蒼白な顔を見ている内に、私も心配になってきた。
 「く……区長さん達が反対しても、真穂ちゃんのお祖父ちゃん公認って事で、何されるか……ごめんね、脅かす訳じゃないんだけど……このままホントに旅に出て、そのまんま帰んない方がいいんじゃない? おウチ丸ごと捨てましたーってコトで、ねっ?」
 震える声で一気に言って、幼馴染は私の目を見た。
 少し考えて、小さく首を横に振る。
 「お祖母ちゃんの事もあるから……大掃除が終わったらね。有難う。心配してくれて」
 「絶対……絶対、無事に逃げ切ってッ! もっと危機感持ってッ! 私、何でもするから、全力で逃げてッ!」
 私の手を痛いくらい強く握って、本人より必死な菜摘ちゃんにちょっと引いてしまった。
 「あ……あの、菜摘ちゃん……? 落ち着いて。噂って、何聞いたの?」
 「…………言えない。……でも、卒業式は出ちゃダメッ! 私が卒業証書届けたげるから、卒業式より前に逃げてッ!」
 相当アレな噂らしい。今まで私の耳に入らなかったのは、私への配慮なのか、畷さんの結婚の為なのか。
 「教えてくれて有難う。逃げる所はもう用意してあるから、後は身ひとつでいつでも行けるし、心配しないで」
 受験する大学の近くに、母方の親戚の知り合いに頼んで、親戚名義でアパートを借りてある。合格してもしなくても、そこでお母さんと二人で住む事になっている。
 お母さんは、もうそっちに住んで、私が来るのを待っている。参考書とかも買ってくれてて、あっちで最後の追い込みができるようにしてあった。
 安心したからか、菜摘ちゃんは何度も「よかった」と言いながら、泣き崩れた。
 空港に着く頃には、菜摘ちゃんも落ち着きを取り戻していた。二人であれこれ、思い出話に花を咲かせる。
 「真穂ちゃん、今まで有難う。……小学校の時、私、いじめられてたの、覚えてる?」
 「えっ? あぁ、うん。米田達のアレ、酷かったよね」
 「真穂ちゃんが助けてくれたから、私、学校に行けてたの。真穂ちゃんが居なかったら、私もお兄ちゃんみたいになってたかも知れない」
 菜摘ちゃんには、八歳上の兄が居る。いじめで対人恐怖症になって、不登校になった。
 高校には行かず、大検で高卒認定を受けて、通信制の大学に進学した。本来なら、高校に行ってる筈の期間は、カウンセリングに費えてしまった。大学のスクーリングには出られるようになって、ちゃんと卒業できた。
 今は、家業の農業と林業を手伝ったり、ネットで翻訳の内職をしたりして、働いている。まだ人が大勢いる場所は苦手だけど、家族と一緒なら、外に出られるようになった。
 こんな家庭の事情がダダ漏れになるくらい、この歌道山町風鳴地区(うどうやまちょうかぜなきちく)は田舎だった。
 でも、ウチのゆうちゃんがひきこもった理由は、知らない。何をしてるのかも知らない。
 しょっちゅう、ゆうちゃん宛の密林の箱が届くだけだ。何を通販してるのかも知らない。
 姿を見た事もないし、いつお風呂に入ったり、トイレに行ったりしてるのかも知らない。
 声は聞いた事あるけど、何を言ってるのかは、聞き取れなかった。
 何となく、ウチに住みついた妖怪か何かなんじゃないか、と言う気がしている。
 空港は、二つ隣の県にある。
 辺りはもう、すっかり夜だ。帰省ラッシュには、まだ早いから、人は少ない。
 予定通り、出発ゲートの前でアリバイ用の写真を撮って、菜摘ちゃんを見送った。格安ツアーだから、出発がこんな時間。エコノミークラス。宿も申し訳ないくらい安い。
 「真穂ちゃんは、私の一生の恩人だから、これ、恩返しだから、お金、後で返すよ」
 「いいって、いいって。お互い様だし、実行の労力だけでもハンパないし、おじさん達に車出してもらっちゃったし……」
 「えっ……でも……」
 「ぐずぐずしてっと遅れるげ、金の話ぁ帰ってからにせい」
 「じゃ、じゃあ、また後で!」
 菜摘ちゃんは、お父さんに背中を押されて、慌てて走って行った。
 私は、予約しておいたビジネスホテルまで送って貰って、菜摘ちゃんの両親と別れた。
 「何から何まで、すみません」
 「えぇが、えぇが。お互い様だげ、なっ」
 「有難うございます。有難うございます」
 部屋で一人になると、大きな溜め息が出た。
 もう、後戻りはできない。

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