■汚屋敷の兄妹-真穂の12月 07.洗面 (2015年08月16日UP)

 脱衣所の床の分だけで、米治叔父さんの軽トラはいっぱいになった。過積載っぽいけど、上からブルーシートを掛けて固定する。
 「じゃあ、すみません。お願いします」
 「ケンちゃん達が謝るこっちゃねぇ。気にすんな」
 米治叔父さんは軽く言って、クリーンセンターに向かった。
 私とお兄ちゃんは、ゴム手袋、レインコート、新品のマスクを装備して、土足で突入。バスマットで床の埃を拭いて、ゴミ袋に入れた。積み重なっていた五枚を使い切っても、まだ床は汚い。最下層の一枚は、まだ動かせなかった。
 湿気でこびりついた埃や糞に黴が生えて、クッションフロアに根を下ろしていた。
 相変わらず、過剰在庫の段ボール壁はあるし、中身の残ったボトルもいっぱいある。
 床も汚い。
 でも、足の踏み場はできた。
 松葉杖でも何とか通れると思う。
 「ここからは手分けしよう。俺、トイレを片付けるから、真穂は洗面台を頼む」
 「うん、わかった」

 トイレは、手前が手洗い場と男性用小便器。奥が洋式トイレ。
 手前と奥は木の壁で仕切られている。
 洋式トイレのドアは、何十年も前の古いカレンダーが、釘に掛かったままになっている。お祖父ちゃんが月めくりの十二月分を外さずに、上から新年のを掛けるから。お父さんが煙草を吸うから、壁も天井も窓もカレンダーも、ヤニが染みついて茶色い。個室内の小さいカラーボックスには在庫ぎっしりで、その上にもいっぱい物が乗っている。吊り戸棚にもトイレットペーパーとかの在庫がぎっしり。私は手が届かないから、ここの物をとった事がない。床にはトイレットペーパーの芯と、洗剤や芳香剤の空容器が積み上がっている。
 手前のスペースもほぼ同じ。こっちは洗剤と芳香剤とトイレットペーパーの在庫の段ボールも積み上がっていた。細い通路を爪先立ちになって通っている。
 タオルは雑巾同然。何故かお祖父ちゃんは、毎年お中元でタオルを貰うのに、新品に替えさせてくれない。破れるまで使わなければ、怒られる。破れたのを捨てても、怒られる。
 私は、そんなトイレをお兄ちゃんに任せて、脱衣所の洗面台と向き合った。
 洗面台は、作り付けの棚と一体化しているタイプ。
 天井までの高さで、上と足元に両開きの戸棚。右側が洗面。左側は化粧スペース。左側の下段には、引出しがある。引出しの前には、タオルや石鹸がぎゅうぎゅうに詰まったカラーボックスがあって、開けられなかった。
 洗面台の収納スペースは、石鹸、シャンプー、リンス、コンディショナー、化粧水、化粧品サンプル、剃刀、入浴剤、歯ブラシ、歯磨き粉、義歯安定剤とかがぎっしり……どころか、溢れている。
 引出しは、どの段も閉まりきらない。一番上の段は、三分の一くらい引き出したまま、その上に色々な物が積んである。カラーボックスと洗面台の隙間は物がきっしりで、何かを取ろうとすれば、確実に崩壊する。
 化粧スペースは、物がいっぱいで使用不能。鏡が見えない。古歯ブラシを捨てさせてくれなくて、茶筒に入れて置いてある。
 水を流す部分だけは、私がちょくちょく磨いているから、まぁまぁキレイ。
 古歯ブラシの茶筒は、掃除用にひとつだけ残して、後は全部ゴミ袋へ。化粧品のサンプルも、どうせ使わないから全部捨てた。
 カラーボックスの上には、タオルの箱が積み上がっている。「お中元」の熨斗はすっかり色褪せていた。全部が同じ大きさではないから、はみ出した部分には、埃が積もっている。タオル箱の塔を崩さないように、そっと床に下ろす。
 カラーボックスの棚上段は、現役のタオルがギュウギュウ詰め。下段は石鹸の箱。これもお中元の熨斗が付いたまま。石鹸だけ出して、カラーボックスを持ち上げる。

 ガコッ

 カラーボックスの底が抜け、背板が落ちた。背板が落下の衝撃でバラバラになる。
 ついでに、引出しの上に乗っていた物も落ちた。
 カラーボックスは、壁に近い部分が腐って朽ちていた。側板も、三分の一くらい腐っている。
 タオルを出して、お中元箱の上に乗せ、カラーボックスは捨てた。
 壁には、カラーボックスの形に埃の塊と蜘蛛の巣がこびりついて、黴だらけだった。
 タオルを一枚取って壁を拭き、ゴミ袋へ。拭き跡が却って汚く見える。
 床に散らばった化粧品、歯磨き粉の空チューブ、錆びた剃刀や空き箱も、全部まとめてゴミ袋へ。
 引出しの中を覗くと、ここにも糞と死骸と綿埃と、髪の毛が入り込んでいた。

 ひょっとして、全部要らないんじゃない?
 何年も開けなくても、特に困らなかった。
 ずっと使わなくて平気なら、無いも同然。

 引出しの一番上の段を外した。
 一応、中を見て、錆びていない剃刀二本と、パッケージが変色していない歯ブラシ五本、錆びていない爪切りと梳き鋏だけ残す。
 引出しにゴミ袋を被せて逆さに振って、底をトントン叩く。タオル掛けの雑巾みたいなタオルを外して、引出しの中を拭いた。タオルが真っ黒になったので、これもゴミ袋へ。代わりに、マシなタオルを掛けた。
 引出し四段、全部そうしたところで、ゴミ袋を置く場所がなくなった。
 ゴミ袋を持って庭に出る。既にゴミ山ができていた。

 お兄ちゃんも頑張ってる。私も頑張ろう。

 ゴミ袋を全部出して床が開くと、やっぱり汚れが気になった。
 タオルを水で濡らし、足で踏んでゴシゴシこする。手でするよりキレイになった。
 水拭きして、空拭きして、仕上げ。まだ汚いけど、さっきより大分マシになった。
 お中元の箱は、置場がないから取敢えず、カラーボックスがあった場所に戻した。
 洗面台が脱衣所の間仕切りになっていて、裏側には同じくらいのスペースがある。
 壁際に洗濯機と乾燥機がある。でも、奥の乾燥機の前には、カラーボックスと段ボールが積んである。
 私は、乾燥機を使っているのを見た事がない。
 洗濯機の周囲には、お祖父ちゃんとお父さんが脱ぎ散らかした服や、使用済みタオルが散らばっている。
 洗濯機の隣には、洗剤の段ボールが天井まで積んである。これのせいでバスマットが交換できない。
 何かムカつくから、脱ぎ散らかされた服は、全部ゴミ袋に入れた。

 大事にしないって事は、別に要らないんでしょ。

 お風呂場にも土足で入って、シャンプーとかの空ボトルをゴミ袋に詰めた。
 物が多くて風通し悪くて、掃除し難いから、お風呂場は黴だらけ。床はこすってもこすってもぬめぬめ。洗面器と椅子は色が変わってるし、石鹸入れには、古石鹸の地層ができている。
 風呂場と洗濯機周辺のゴミを庭に出して、深呼吸。
 ゴミの山は、朝の三倍くらいになっていた。
 再び、洗面台と向き合う。下段の両開きの棚は、洗剤やシャンプーとかのボトルと、入浴剤と石鹸の箱がぎっしり。

 ここのは全部中身が入ってるみたい。保留。
 上の棚も、手が届かないから、保留。
 過剰在庫の段ボール壁も保留。

 考えるのが面倒になってきた。
 トイレと戦っているお兄ちゃんに声を掛ける。
 「お兄ちゃん、そっち、どう?」
 「んー……ぼちぼち……どうしたもんだろうな?」
 トイレの手洗い場も収納付きで、お兄ちゃんは手が届くから、上の棚も開けていた。でも、新品の在庫ばかりで、移動はしていない。
 床の空容器やトイレットペーパーの芯、ドアのカレンダーはなくなっていた。洋式トイレの床マットも全部捨ててある。
 「新品の事は、後で考えよう。今はとにかく、ゴミを捨てよう。ねっ」
 「そうだな」
 まだ汚いけど、トイレにも杖を突いて行けるようになった。
 二人でゴミ袋を庭に出す。

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