■汚屋敷の兄妹-汚屋敷の兄妹 39.反論 (2015年08月16日UP)

 「宗教、今日は疲れたろ? もう休ませてもらおう。な?」
 ツネ兄ちゃんが優しく言った。
 ノリ兄ちゃんは、タワシみたいになった黒猫を抱き上げ、三枝さんに支えられながら、のろのろとした動作で立ち上がる。
 双羽さんが共通語で許可を求めた。ノリ兄ちゃんが短く答え、ツネ兄ちゃんと三枝さんが頷く。

 三人が出て行った襖を閉めて、双羽さんが振り返った。
 「仮にもご親戚と言う事で、殿下からは『多少の無礼は、大目に見るように』とのご命令を受けておりました」
 「隊長さんは『山端優一は、不敬罪に値する暴言を吐いたので、それなりの対処をする許可を下さい』って。で、ノリ兄ちゃんが『少しだけなら許可します』って答えてた」
 ゆうちゃんには、どうせわからないだろうから訳してやった。双羽さんを怖がってるみたいだから、敢えて「隊長」と言う。

 真穂は、下座の土鍋にうどんを入れて、一人で食べていた。残すと勿体ないから。
 「まず、貴方の勝手な憶測を訂正致します。殿下が帝国大学にお勤めの件ですが、この国の政府からの招聘に応じられた為です。近年、両輪の国と科学の国の交流が盛んになり、科学の国でも魔術研究の必要性が高まってきた事と、この国に縁が深いお方である事の二点が、殿下が招聘された理由です。この国の民は、魔力を持たない人が大部分を占める為、実際に術を行使する機会は非常に稀ですが、基礎研究が完全に無駄になる訳ではありません。学生さんも、卒業前には概ね、お勤め先がお決まりです」
 双羽さんはそこで言葉を切った。ゴミニートは、蛇に睨まれた蛙のように萎縮した。
 「国費の使途の件は、この国の財務を管掌する官吏に直接、ご意見をお伝え下さい。内政干渉になりますので、殿下は何もおっしゃっていません。また、殿下は帝国大学の准教授として、お仕事の報酬を受領なさっています。報酬からは、この国に対してきちんと納税なさっています。学術誌などの原稿料や、出版物の印税に関しても同様です。殿下はこの国の『税金泥棒』などではなく、れっきとした『納税者』でいらっしゃいます。この国にお住まいで、税をお納めの殿下が、この国の行政制度を利用する権利を、何の権限もない貴方から、不当に妨げられる謂れはありません。そうですね?」
 双羽さんに同意を求められて、ゴミニートは、何度も頷いた。

 藍ちゃんが、バットに残った肉と椎茸を全て上座の土鍋に入れ、卓上コンロの火力を上げた。
 「ムルティフローラは実力主義の国です。血縁だけでは王族と認められません。公務を果たし得る強い魔力をお持ちで、善良なお人柄でなければ、王位継承権が付与されません。殿下は毎年、長期休暇中に帰国なさって、公務を執り行っていらっしゃいます」
 双羽さんの口調は淡々としている。理路整然とした説明なのに、底に冷たい怒りが籠っていて、怖い。
 「殿下は『三界の眼』と呼ばれる特別なお力をお持ちです。三界の眼で『結界の保守管理』と言う重要な公務を担い、それを立派に果たしていらっしゃいます。そして、お優しいお人柄は、多くの民から慕われております。治癒の術は、強力な魔力を制御する訓練の一環による、副次的な物に過ぎません」

 話について行けなくなったゴミニートが、しどろもどろで質問しようとする。
 「宗教は、王族でも滅多にいない特殊能力の持ち主で、その力を使って特別な仕事してんの。癒しの術は、魔法の練習用に簡単なのを習っただけで、それがメインの仕事ってワケじゃない。ちゃんと役に立ってるし、誰彼構わず暴言吐いたりしないし、大人しくて優しいから、国民の人気者なんだ。ムルティフローラで『要らん子』って言うか『居ない子』扱いなのは、魔力のない俺や経済の方なんだよ」
 マー君がわかりやすく噛み砕いて説明した。何か言おうとするゴミニートを視線で黙らせて、双羽さんが続ける。
 「残念ながら、殿下は生まれつきお体がご不自由で、お血筋を残す事は叶いません。しかし、貴方にあのような中傷をされる謂れは、断じてありません。また、私とクロエは、貴方が妄想しているような役割で、お傍近くにお仕えしている訳ではありません。私は近衛騎士として二十年以上、殿下の護衛を拝命しております。クロエは殿下の使い魔です」
 俺は食欲が失せていたが、叔父さんは、上座の鍋の残りを黙々と胃に納めていた。

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