■汚屋敷の兄妹-真穂の12月 03.工作 (2015年08月16日UP)
お兄ちゃんからもう一件、メールが来た。さっきの続きだ。
Re:おばあちゃんが骨折
本文:だから、お前は何かテキトーに理由付けて、今年は絶対、残れ。
一緒に大掃除しよう。出て行く荷物をまとめて、先に送れ。
私は改めて自分の部屋を見回した。
古い布団一組、折り畳み式の小さなテーブルひとつ。
教科書とノートだけを詰めたカラーボックスひとつ。
文房具を入れた引出し代わりのお道具箱が、ひとつ。
ハンガーに制服とコート、マフラー。床には通学鞄。
パジャマや私服は、小さな衣裳ケースひとつ分だけ。
押入れはあるけど、布団を片付ける以外、何もない。
お祖父ちゃん達は、ゆうちゃんには色々な玩具をたくさん買い与えている。未だに。
でも、私とお兄ちゃんには、何も買ってくれない。高校の教科書と制服と体操服は、先輩のお下がり。私服は従姉(いとこ)の藍(あい)ちゃんのお下がりと、バイトして自分で買ったもの。
お兄ちゃんは、服とノートパソコンだけは、お祖母ちゃんに買って貰ってた。お祖父ちゃんとお父さんは、お祖母ちゃんがお兄ちゃんの服を買うのは黙認していた。
でも、私の服を買ったら、「こんなチャラチャラしたもん買いやがって!」「無駄遣いすんな!」ってマジ切れ。
その度に、お祖母ちゃんが私に「ごめんねぇ……真穂ちゃん、ごめんねぇ」って泣いて謝るから、小学校の三年生の時に、もう私の服は買わないでって断った。
ノートパソコンは高かったみたいだけど、学校で要るからって言ったら、何も言われなかったらしい。
お兄ちゃんは、家出する時にノートパソコンをくれた。
元々、ゆうちゃんの部屋に回線を引くついでに、見栄を張って私とお兄ちゃんの部屋にも引いてたから、接続は問題ない。
お兄ちゃんには「頑張る」とだけ返して、ノートパソコンを起ち上げた。
私のバイト代で出せそうな旅行プランを検索する。
一人でも参加できるツアーや、温泉行きの格安女子旅プランが見つかった。どれもあまり人気のない観光地で、この時期でも枠が余っていた。
プランの候補を三件に絞って、菜摘(なつみ)ちゃんにメールした。
件名:お願い
本文:菜摘ちゃん、アリバイ工作に協力して欲しいんだけど、いいかな?
それだけ送って少し待つ。すぐに返信が来た。
Re:お願い
本文:何それ? おもしろそう! 何すればいい?
私は計画の詳細と、旅行プランのリンクを送った。
二十二日、終業式が終わったら、菜摘ちゃんと二人で、高校の卒業旅行に行く。三学期の登校日は少ないから、今の内にって事で。
私はフリだけで、空港でアリバイ写真を撮って、お祖父ちゃんとお父さんが出発するまで時間を潰す。
菜摘ちゃんは、本当に旅行に行って、自撮写真を撮って、お土産を買って来て貰う。
私は帰って大掃除。勿論、近所の人達には、口裏合わせを頼む。まず、断られない。
みんな、ウチが産廃置場みたいなゴミ屋敷なの知ってて、何とかして欲しがってる。
消防団長さんとか、「防災上、問題があるから処分して欲しい」って時々言ってる。
旅費とお土産代は私が出す。写真はフリーソフトで頑張って、私の写真と合成する。
菜摘ちゃんは、お金の事はいいよって言ってくれたけど、「バイト代だと思って、受け取って」って頼んで、引き受けてもらった。
……よしッ! アリバイ要員確保ッ!
私は一人で小さくガッツポーズした。頼もしい幼馴染だ。
次は説得要員。
私が「旅行に行く」なんて言ったら、絶対、反対される。
だから、また住職さんにお願いする事にした。申し訳ないし、情けないけど、これもお祖母ちゃんと私の未来と地域の安全の為だ。
私は、ひとつ深呼吸してから、歌道寺に電話した。一階に聞こえないように小声で話す。
住職さんは、もうお祖母ちゃんが怪我をした事を知っていた。
「真穂ちゃんには悪いが、案の定……と思うとったげ。ゴミやガラクタと一緒に悪いモンも溜まっとるげ、弱いモンに祟るんじゃ」
ひとしきりお説教した後で、快く引き受けてくれた上、ゴミ捨ての手伝いも申し出てくれた。流石にそれは申し訳なさ過ぎるので、丁重にお断りする。
「さよか。ゴミは処理場に直接持ち込めるげな。場所がわからなんだら、連れてったげるげ、ついでにゴミも運ぶぞ?」
「有難うございます。頑張ります」
頭を下げながら、電話を切った。
住職さんは御仏の化身かもしれない。お気持ちだけで、「ありがたや、ありがたや」ってなる。ホントに申し訳なさ過ぎる。
これで、住職さんにも、ご近所さんへの根回しを手伝って貰える。知らぬはお祖父ちゃんとお父さんだけになるのも、時間の問題だ。
おにぎりと漬物、メモをお盆に乗せて、ゆうちゃんの部屋の前に置いて寝た。
朝、見たら、空のお皿の上にビリビリに破れたメモが散らばっていた。お皿に残ったご飯粒で切れ端がくっついてる。何、この地味な嫌がらせ。
すっかり忘れてたけど、私、昼は学校行ってるから、ゆうちゃんは一日一食になる。
まぁ、どうせ一日中、部屋に居るんだし、死にはしないでしょ。
今夜も一応、おにぎりと焼き魚を置いた。お祖母ちゃんとの約束だから。野菜炒めも残しといたんだけど、お父さんがおかわりしちゃった。
まぁ、昔から働く者食うべからずって言うし、別にいいでしょ。
次の朝、廊下に出て驚いた。
一日一食の筈なのに、手つかずで丸々残ってる。私が食べるのは無理だけど、捨てるのも勿体ないから、裏の雑木林に撒いた。鴉や雀の餌。
次の日も手つかずだった。夕方、学校から帰ったら、密林の荷物が届いていた。
ゆうちゃん宛で、品名は即席麺。私のご飯は嫌だったらしい。あっそ。じゃ、もう二度と作ってやらない。
食べないなら勿体ないし、お祖母ちゃんも許してくれるでしょ。
お祖父ちゃんは毎週水曜日、区長さんちでやってる法話会に通ってる。住職さんの有難いお話を聞いた後、お茶を飲みながら世間話をする会だ。特に信心深い訳じゃないけど、近所付き合いで行ってる。
火曜の夜、卒業旅行に行きたいって言ったら、やっぱり一喝された。
「寝言は寝て言えッ! 女だてらに旅行なんぞッ!」
自分達は組合さんの旅行に行きまくりの癖に、私はダメと言う謎理論。旅先で何してんだか、わかったもんじゃない。
でも、これで仕込みは完了。
私は大人しく引き下がった。
次の日、法話会でお茶しながら、まんまとみんなに愚痴をこぼしてくれたらしい。後で住職さんがケータイに掛けて来て教えてくれた。
住職さんと区長さんで、巧い事言って、私を旅行に行かせるって、みんなの前で約束させてくれたらしい。
「まぁ、そう言う事だから、みんな承知しとる。堂々とやったらえぇが。一人で無理せんようにな。いつでも頼ったらえぇ」
胸が詰まって、暫く声が出なかった。やっとの思いで何とか絞り出した声は、ちょっと震えてしまった。
話が決まったので、真知子叔母さんにメールして、旅行用のスーツケースを借りた。堂々と分家に行って、受け取りがてら、作戦の説明をする。
米治(よねじ)叔父さんと真知子叔母さんも、喜んでくれた。
「ゴミ捨ては、俺が軽トラ出すげ、庭に詰んどいてくれ」
「えっ、でも、そんな事まで……」
「なぁに、俺にとっても実家だげ、真穂ちゃんは気にすんな。ホントなら、俺らがみなやらにゃならんげな」
「大掃除する間、ウチにご飯食べにおいで」
その件については、素直に甘える事にした。あんな所、一秒だって長居したくないし、あんな所では、なるべく食事をしたくない。
「俺も何か手伝うよ。力仕事とか。どうせ冬休みだし」
「コーちゃんはいいよ。受験生なんだし、怪我しちゃ大変だから」
従弟の高校受験の足を引っ張る訳にはいかない。
「紅治(こうじ)、大掃除を言い訳に勉強サボる気だろうが。いかんぞ」
「バレたか」
従弟のコーちゃんこと紅治君が苦笑する。つられてみんなで笑った。
「お前は姉ちゃんみたいに賢くないげ、うんと勉強せにゃならんが」
コーちゃんは、米治叔父さんに言われて神妙な顔で頷いた。
従姉の藍ちゃんは、国立琉王(こくりつりゅうおう)大学の医学部一年生。医学部進学は、歌道山町風鳴地区(うどうやまちょうかぜなきちく)初の快挙だ。区長さんちで、盛大に合格祝いをしてもらっていた。
「姉ちゃん、二十五日に帰って来るっつってたげ、勉強見てもらえ」
「うん」
模試の成績を思い出したのか、コーちゃんは真剣に頷いた。