■汚屋敷の兄妹-賢治の12月25日 11.魔法(2015年08月16日UP)

 「あ、あの……それ、ひょっとして、魔法、ですか?」
 「そうだよ。あれっ? 聞いてないの?」
 真穂の自信なさげな質問にあっさり答え、ノリ兄ちゃんは首を傾げた。
 聞いてない! 聞いてないよ! 従兄が魔法使いとか、聞いてないよ!
 「巴(ともえ)の家系で魔法使いなのは、僕だけだよ」
 「その説明も後でな。さっさと掃除しよう」
 ツネ兄ちゃんが言うと、雪の塊が動き出した。双羽(ふたば)さんが、雪の塊から目を離さず言う。
 「私と三枝(さえぐさ)も魔法使いです。庭の不用品はどれですか? 除雪のついでに移動させます」
 「不用品……ゴメンナサイ。物干し台以外、全部ゴミでゴメンナサイ」
 「えッ? 全部?」
 真穂が頭を下げると、ツネ兄ちゃんとノリ兄ちゃんの声が重なった。双羽さんも驚いた顔をしている。
 「何か、ホント、すんません……」
 俺も申し訳なさで居たたまれなくなり、深々と頭を下げた。
 「二人が生まれる前からこうだったよ。どうせお祖父ちゃんだろ? 謝らなくていいよ」
 ツネ兄ちゃんが吐き捨てるように言った。ツネ兄ちゃんは、瑞穂伯母さんが亡くなってから、一度も来ていない。そんな昔からこうなのか。俺達の母さんが居た頃は、もう少しマシだったような覚えがある。

 気を取り直した双羽さんが、知らない言語で何か言う。魔法の呪文なんだろう。誰かに命令するような口調で何か言うと、雪の塊が一瞬で解け、水が庭のガラクタを押し流した。倉庫と蔵の屋根から、雪が全て滑り落ちる。
 古タイヤも壊れ農機も何もかもが、魔法の洪水に呑まれる。庭の雪と混ざり、嵩を増して渦を巻く。俺達が出したゴミ袋も、破れマルチや割れ植木鉢も、全部が一カ所に集められ、庭が広くなった。
 巨大な洗濯機のような渦が築いたガラクタの山は、二階建ての屋根より高い。
 ヘドロと雑妖も一緒に集められた。でも、すぐにどろりと広がって、庭が肉眼では見えないヘドロに沈む。
 母屋の前で物干し台だけが、ポツンと立っている。水はガラクタを地上に残して、宙に舞い上がった。
 三枝さんが剣を一振りした。どこから出したのかわからない。光が刃の形をして、金属の刀身は見えない。刃渡り一メートルはありそうな長剣だ。光そのものが刃なのは、魔法の剣だからなんだろうか。
 三枝さんは何も言わず、剣を振りながらウチの敷地に足を踏み入れた。
 ガラクタの山から広がっても、ヘドロは敷地の外には、漏れていない。見えない壁でもあるみたいに留まっていた。
 三枝さんが剣を振るう度に、小さな妖魔が何十匹も消えてなくなった。悲鳴も何もない。光の刃が触れた瞬間、音もなく消える。三枝さんはヘドロに構わず、剣を振りながらガラクタの周囲を回った。
 草刈り鎌から逃れるバッタのように、雑妖がガラクタの山へ飛び移る。
 三枝さんが農道に戻ると、双羽さんは水に指示を出し、家を流れさせた。屋根から埃や野焼きの煤、落ち葉が洗い流され、水中を漂う。水はガラクタの山に屋根の汚れを吐き出すと、壁を流れた。あっという間に濁って灰色に染まる。雨戸を閉めたままでなければ、窓もキレイになっていたと思う。

 双羽さんは庭に入り、水と一緒に母屋の裏に回る。家を一周して来た水は、ドブみたいになっていた。ガラクタの山に汚れを吐き出すと、水は元通り透明になった。倉庫と蔵も同様に丸洗い。汚れを捨てて、蔵の脇で何かしてから、農道に戻ってきた。
 「魔法……すっごぉい……」
 真穂が瞳を輝かせて、原生生物のように動く水を見ている。水は庭の地べたを這い、ヘドロをガラクタの山に盛るように渦を巻いた。
 ノリ兄ちゃんと三枝さんが庭に入る。ノリ兄ちゃんは、黒山羊の杖を地面に引きずり、呪文を唱えながら、ガラクタの周囲を歩いた。三枝さんが、ノリ兄ちゃんにちょっかい出そうとする雑妖を容赦なく斬り捨てる。
 一周して円が閉じると、水はガラクタの上にヘドロを吐き出し、倉庫の上を漂った。今度はヘドロが流れない。ノリ兄ちゃんが引いた円の中に閉じ込められて、汚い円柱を形成していた。
 「ケンちゃん、何しとるが?」
 駐在さんの声に振り向く。制服姿の駐在さんと、区長の九斗山(くどやま)長老、隣保長の大山(おおやま)さん、消防団長の大笹(おおささ)さんも一緒だった。大事件な感じのメンツが揃ってる。魔法に夢中で、全く気付かなかった。

10.視力←前  次→12.許可
↑ページトップへ↑

copyright © 2015- 数多の花 All Rights Reserved.