■汚屋敷の兄妹-賢治の12月26日〜12月28日 29.憎悪(2015年08月16日UP)

 俺達は物の選別に入る。叔父さん、マー君、クロエさんが抜けても、予定より早く作業が終わった。ノリ兄ちゃんがあっという間にゴミを焼いてくれる。
 高そうな鍋セットが箱ごと出て来た。ステンレスの立派な奴だが、祖母ちゃんには重過ぎる。売ってみんなへのお礼の資金にしよう。
 他にも売れそうな物は、取敢えずガレージへ。大した金にならないのはわかってるけど、少しでも足しにしたい。
 午後の予定を話し合う。階段と縁側の物を出す事に決まった。
 物が出せたら、俺とツネ兄ちゃんでリサイクルショップに行って、帰りに病院に寄る。
 話がまとまった所に、コーちゃんと政晶君が昼飯に呼びに来た。藍ちゃんが二階のクロエさんと、ついでにニートにも声を掛ける。
 藍ちゃんは、クロエさんだけを連れて戻ってきた。

 近所の人達はもう帰っていた。
 叔父さんとマー君はかなり酔っている。
 「藍ちゃんが一応、ゆうちゃんも呼んでくれたんだけど、降りてこないんだよなぁ」
 「何年も籠ってるからな、顔ぉ会わせ辛いんだろう」
 叔父さんが、本家の方角を見て言う。俺はちょっと困って、真穂の顔を見た。
 「うん、どうせ、近所の人に詮索されるのがイヤ! とかだろうけど、あんなのでも一応、同居の家族だから……」
 「心配だわなぁ」
 真穂の言葉に、叔父さんが相槌を打つ。俺と真穂は同時に首を横に振った。
 「もうアラフォーの大人だし、別に心配はしてないんだけど……」
 「用があるから……」
 「ゆうちゃんに何の用だ? 大掃除の人手なら、間に合っとろうが」
 叔父さんが首を傾げる。
 ゆうちゃんが居ても、使えないことは、誰の目にも明らかだ。
 「証人。俺と真穂は、大掃除が終わったらここを出て、もう戻ってこないけど、真穂はまだ未成年だから、捜索願とか出されると面倒だろ?」
 「誘拐とかじゃなくて自分の意志で出ていくって言うことと、出て行く理由と、無理に言わされてるんじゃないっていうのを見てて欲しいの」
 「家出宣言を録音するから、後で祖父ちゃん達に聞かせて欲しいんだけど、いいかな?」
 「そりゃ、別に構わんが……」
 「住職さんとか、近所の人の前で言うと、引き止められたり、心配されたりするから……」
 「まぁ、いざとなったら、何とかする。心配せんでえぇ」
 叔父さんはそう言って、証人を引き受けてくれた。

 叔母さんと藍ちゃん、コーちゃんができあがった昼食を運んで来た。
 カツ丼を食べながら、気になった事を聞いてみた。ノリ兄ちゃんだけ、消化にいい素うどん。
 「真知子叔母さん、霊感あるの?」
 「ん? まぁ、ちょっと視えるだけ。お祓いも何もできないけど、内緒よ。ここらの人、そう言うの嫌うから」
 叔母さんは困った顔で苦笑した。

 もうひとつ、ゆうちゃんの母親の事も聞いてみた。
 叔母さんは更に困った顔をしながらも、答えてくれた。叔父さんが、一気に酔いがさめたのか、しっかりした声で補足する。

 二人の話を総合する。

 ノリ兄ちゃんが「大掃除したら叔母さんが見つかる」って言ったのは……

 俺は怖くなって、考えるのをやめた。
 どうせ、大掃除が終わったら出て行くんだ。
 少し休憩して、作業に戻る。

 まずは階段の物を出す。
 絶妙のバランスで積み上がった物を崩れないようにそっと降ろす。バケツリレーの要領で、降ろしては外へ、降ろしては外へ。
 あんなに邪魔でヤバかった階段が、普通に通れるようになった。

 双羽さんが水の魔法で、埃焼けした階段を一気に洗浄する。階段が板の木目も鮮やかに、天井をうっすら映して輝く。
 蔓延(はびこ)っていた雑妖も消え失せた。

 俺は、生まれて初めて、この階段の真の姿を見た。

 オヤジの部屋の障子を外して、外に出す。障子紙は後で貼り替える。
 三枝さんに魔法で軽くしてもらって、縁側を埋める家具を外に出した。
 物を除けたら、雨戸が動くようになった。二枚開けて、そこから直接庭に出す。
 小さい物は自分の筋力で、大きい物は魔法の助けを借りて、どんどん庭に降ろして、雨戸を開放した。
 縁側は、母屋の南側の幅いっぱいに達していた。
 親父の部屋の東には、三部屋あるみたいだった。どこから手をつけるかは、後で考える。
 土産物でもぬいぐるみでも、人形の類には洩れなく「何か」が入っていた。ゴミ袋に入れる瞬間、何度も目が合った。
 玄関を経由していないからか、雑妖もゴミと一緒に庭に出た。でも、ゴミ焼き円からは出られないみたいで、恨めしそうにこっちを睨んでいる。

 ノリ兄ちゃんは、魔法で丸洗いされた縁側をざっと視て言った。
 「豊一叔父さんの隣のお部屋は触っちゃダメ。明日は東の二部屋とトイレの隣のお部屋を片付けようね」
 片付けるっつーか、ほぼ全部捨てるけどな。
 誰も異論はなく、縁側と階段から出した物の選別をする。売れる物は軽トラに積む。
 みんな、要不要の選別スキルが大幅にレベルアップしていた。瞬時に判断して、ゴミ山と軽トラに振り分ける。掃除に使えそうな物はガレージへ。
 時々、クロエさんがゴミ袋を持って降りて来る。
 ガンガン、ゴミ山を高くする。よくこれだけの物があのスペースに入っていたと思う。
 ノリ兄ちゃんが、双羽さんと三枝さんに守られながら、玄関に回った。
 「こっち開いたし、ここだけ止めてても仕方ないから、安全地帯、消すね」
 ノリ兄ちゃんの雰囲気から、そこだけ止めてると何かマズイ事になるっぽい事が察せられた。誰も反対せず、ノリ兄ちゃんはあっさり、安全地帯の魔法を解いた。
 家から黒い風が噴き出した。壁があるのに、風が吹き抜けるのがはっきり視える。怖い。何がそんなに怖いのかわからない。でも、俺は足が震え、その場にしゃがみこんだ。
 「お兄ちゃん、大丈夫?」
 真穂の心配そうな声に顔を上げる。歯の根が噛み合わない。声も出ない。
 双羽さんが玄関で光の剣を一閃した。黒い風が、何の手応えもなく消えた。
 俺の震えが治まる。ノリ兄ちゃんが、にこにこ説明する。
 「憎悪と深い怨念を食べて、雑妖が立派な魔物に育っててね、それ、やっつけたんだよ」
 それ、誰の憎悪と怨念デスか? いや、今ならわかる。
 住んでた時は、何も知らなかった。気付かなかった……
 俺は、真穂にもう大丈夫だと言って作業に戻った。

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