■汚屋敷の兄妹-真穂の12月 08.湿布 (2015年08月16日UP)

 「あ、そうだ。洗剤湿布」
 「なんだそりゃ」
 思わず呟いた私に、お兄ちゃんが首を傾げた。
 「洗剤を染み込ませたトイレットペーパーとかを汚れに貼り付けるの。湿布みたいに」
 イメージを掴めたお兄ちゃんは、私と一緒にトイレに戻った。
 まずは男性用小便器。マスク越しでも臭いがキツイ。洗剤を万遍なくスプレーして、トイレットペーパーを貼り付けて、またスプレー。ボトル一本分使い切って、トリガーを握り続けた腕がパンパンになった。洋式はお兄ちゃんがしてくれた。カバーを外すと、便座の裏も茶色く変色していた。
 私は発掘した業務用サイズの塩素系漂白剤を持って、風呂場へ行った。
 洗面器に漂白剤を注ぐ。目にしみた。窓を全開にする。カラーボックスに入っていた現役のタオルを全部、風呂場に運ぶ。
 雑巾同然のボロタオルを雑巾として活用する。漂白剤の原液に漬けて、絞らずに壁に貼り付ける。壁は悪い意味でカラフル。洗面器に何度も原液を足して、ひたすら壁に雑巾を貼る。
 トイレ作業が終わったお兄ちゃんが、高い所に貼ってくれた。最後に床にも貼り付ける。天井はどうしようもないから、また別の方法を考えないと。
 外に出ると、すっかり真っ暗になっていた。

 冬至から二日しか経っていないから、日が短い。一年のどん底。でも、これから上がって行く方の底だ。
 雪でゴム手袋を洗って、マスクを捨てて、レインコートを脱いで、分家に戻る。
 途中、晩ご飯に呼びに来たコーちゃんと合流して、一緒に帰る。
 街灯のない雪道は、真っ暗な筈なのに何故か明るく見えた。今夜は雲がなくて、星が空いっぱいに輝いている。寒いけど、キレイだ。
 これなら、明日は雪下ろししないで済むかな。
 余計な作業が減れば、その分、大掃除が進む。
 それだけで、こんなに足が軽い。

 今夜はすき焼きだった。みんなで鍋をつつきながら、従兄の事を話す。
 「明日来る従兄って、どんな人?」
 コーちゃんが、米治叔父さんに聞く。叔父さんは糸こんにゃくをすすりながら、記憶の糸を手繰り寄せた。
 「なんせもう、十年以上会っとらんげなぁ……」
 そう前置きしつつ、ポツリポツリと説明してくれた。話している内に思い出して来たのか、だんだん詳しくなってくる。
 瑞穂(みずほ)伯母さんの旦那さんの高志(たかし)さんは、クォーターだ。どこの国か忘れたけど、高志さんのお祖母さんが外国人。それ以外はみんな、日之本帝国人だけど、高志さんはお祖母さんの血が強いのか、パッと見、日之本帝国(ひのもとていこく)の血が入っているようには見えなかった。
 「結婚の挨拶ん時、『瑞穂が外国へ嫁ぐ』って、村中大騒ぎになっとったげ」
 誤解を解いて、説得して結婚するまで三年程掛かった。高志さんは、仕事が忙しくなったとかで、それっきり一度も来なかった。
 なかなか子宝に恵まれず、思い切って不妊治療を受け、三つ子が生まれた。三人とも男の子で、戸籍上の長男が政治(まさはる)君、次男が経済(つねずみ)君、三男が宗教(むねのり)君。宗教君は、生まれつき内臓に障碍を持っていた。

 「姉ちゃんは盆暮れ正月、マー君とツネちゃんだけ連れて帰ってきて、宗教君の世話が大変だって愚痴ってたげな」
 次男の経済君は毎回、本家の敷地に入るのを泣いて嫌がっていた。
 「『おばけがいっぱいだからヤダ』っつってな。その度に姉ちゃんにひっぱたかれて、黙らされて、可哀想だったげなぁ……」
 あぁ、うん。ごめんなさい。お化けが居ても何の不思議もないゴミ屋敷でゴメンナサイ。って言うか、ウチって昔からゴミ屋敷なんだ……
 「んで、経済君は、目ぇ離すとすぐ、屋敷神様の所で蹲ってたげな。寒いのに」
 「屋敷神様?」
 初めて耳にした単語に、お兄ちゃん、私、コーちゃんの声が重なった。
 「あれっ? お袋、お祀り止めちまったが? 土蔵の脇にちっちゃい祠があってな、そこで家を守ってくれる神様拝んでたんだ」
 「えっ……何それ? 知らない……」
 「ガラクタが邪魔で、蔵に近付けないんだけど?」
 叔父さんの説明に兄妹で青くなる。そのテの神様って大抵、粗末にすると罰が当たる。って言うか、こんなゴミ屋敷、罰が当たって当然だ。お祖母ちゃんの怪我が天罰だとしたら、充分過ぎるくらい、神様は我慢して下さってた。どうせなら、お祖父ちゃんとお父さんをどうにかして欲しかったけど、お祖母ちゃんの怪我をきっかけに大掃除が始まったから、これも神様の思し召し通りなのかもしれない。
 「マー君はわかり易い奴だぞ。小遣いやったら、その分、きっちり働いてくれるげな」
 叔父さんは、気マズくなった空気を元に戻そうと、話を戻した。
 一番、手伝ってくれる可能性が高いけど、一体、幾ら払えば引き受けてくれるんだろう。後でプロの特殊清掃料金を調べようっと。
 ツネ兄ちゃんは無理っぽいし、ムネ……いや、ノリ……かな? ノリ兄ちゃんは絶対ダメっぽい。
 「三人とも、今年で三十……幾つだったか……マー君は高志さんそっくりだったから、きっと他の二人もそうよ」
 真知子叔母さんが、見わけがつくかねぇ? と、首を傾げた。

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