■野茨の血族-16.建国王 (2014年12月10日UP)
食休みの後、鍵の番人と凍てつく炎に伴われ、城の地下に降りた。通訳として双羽隊長が同行する。
民族衣装の刺繍に似た装飾が施された石扉の前で、凍てつく炎が何か説明を始めた。双羽隊長が簡潔に訳す。
ここは王家の武器庫で、王族か王家の血族にのみ扱える品と、王族で作った武器、防具、装飾品等が納められている。
王族「で」ってなんや? 王族「が」作ったんちゃうんか?
日之本語に堪能な双羽隊長が、珍しく言い間違えたが、語学力に自信がない政晶は、聞き流す事にした。
全て魔法の力を持つ物品で、それぞれが特別な効果を持っている。今回のような儀式や、通常兵器が効かない魔物と戦う場合等に用いられる。
特別な武器と言う言葉の響きに政晶の胸が高鳴る。
「扉を開けて下さい」
双羽隊長に言われ、政晶は把手を引いた。ここも開閉に王家の血筋が必要なのか、鍵らしき物は見当たらない。扉は石造りにも関わらず、音もなく軽々と開いた。勢い余ってよろめいた政晶を、凍てつく炎が抱きとめる。
壁に剣や盾、槍、杖、戦斧等の武器が掛けられ、奥の棚には、中身が詰まった皮袋や甲冑や封が貼られた箱が、並べられている。武器の中には淡く発光している物もあった。
「こちらです」
最奥の棚に案内された。
鍵の番人と凍てつく炎が、棚の扉に向かって何か言う。呪文ではなく、誰かに話し掛ける口調だ。凍てつく炎が棚をノックし、王家の紋章が彫刻された両開きの扉を開ける。
中には一振りの剣が収められていた。鞘は簡素だが、柄頭(つかがしら)には拳の半分程の大きさの宝石がひとつ嵌っている。新芽のように鮮やかな宝石の中には、小さな光が瞬いていた。
三人が跪(ひざまず)く。剣から侵しがたい威厳が感じられ、政晶も三人に倣って跪いた。双羽隊長が小声で説明する。
「このお方は、ムルティフローラの建国王陛下です」
「えっ?」
政晶は思わず顔を上げた。確かに人の気配、威圧感のようなものは感じられるが、棚の奥に安置されているのは、剣だ。
「柄(つか)の宝玉は、建国王の涙です」
魔力を持つ者を火葬すると、骨と灰の他に魔力の結晶が残る。これを「魔道士の涙」と呼ぶ。結晶の大きさはその者の享年により、死亡時の年齢が高い程大きくなる。内部に蓄積された魔力の量や強さ、性質はその者の生前の能力に応じる。
加工する事で、涙に貯まった魔力を使う事が可能になる為、過去には、科学文明国が資源として、魔道士狩りを行った時代もあった。現在は、涙の取引自体が、堅く禁じられている。
魔法文明国には、涙を遺族が身に着ける習慣がある。
涙の中には死者の魂を封入した物もあり、中の魔力を消費し尽くし、砕け散るまで、共に暮らす事が出来る。涙に魔力を充填できる為、余程の事がない限り砕ける事はなかった。
「建国王陛下は涙に魂を封じ、二千年以上の永きに亘り、この国を守り続けて下さっているのです。さあ、お手に取ってご挨拶を」
政晶は震える手で剣に触れた。直前まで誰かが握っていたようなぬくもりに、思わず手を引っ込める。凍てつく炎に促され、再び手に取った。
あたたかい。人肌のぬくもり。誰かと手を繋いでいると錯覚する不思議な感覚。
「あっあのっ、こんにちは」
何と言えばいいかわからず、間抜けな言葉が飛び出す。建国王の涙が淡く輝き、政晶の心に直接、力強い声が届いた。
〈我が裔冑(えいちゅう)よ。よくぞ参った。我はカレソー・フォーツーニ・ロサ・ムルティフローラ・アダ・オーランティアカ・ロカスタ。汝(いまし)の名を心の裡に唱えよ〉
胸の奥にじんわりと灯が点り、その光と熱が、ゆっくりと全身に広がって行く感覚。
【巴政晶】の文字イメージと「政晶」と呼ぶ母の声が心に甦った。
建国王が〈トモエマサアキ〉と復唱する。