■野茨の血族-17.封印 (2014年12月10日UP)

 次の瞬間、ムルティフローラの国土を上空から見下ろす映像が、脳裡に展開した。政晶の目は手にした剣を見ているが、それと同時に、急峻な山々に囲まれた王国の様子が、重なって見える。政晶は目を閉じた。
 見た事のない風景が、夢の中のように次々と映し出される。
 盆地の中央に位置する王都。その中心に聳える城。城全体が立体構造の複雑な魔法陣で、城壁に囲まれた王都もまた、魔法陣。
 国土全体が巨大な魔法陣を形成し、幾重もの魔法陣の最外周が、山脈だった。
 映像は再び城に戻り、先程の中庭を示した。
 右の塔最上階に三人の魔道士が見える。三人の巫人。高祖母が、塔の扉を九十五枚以上開き得る最も強力な王族だと言っていた。
 左の塔に鍵の番人。石碑には湖の民の導師。建国王の声が、この二人は師弟で、建国と「三界の魔物」の封印に携わった者達だ、と告げる。
 中庭の魔法陣を抜け、地下へ。
 地下室に凍てつく炎。彼もまた、封印を施した者の一人で、現在も三界の魔物を監視している。
 更に地下深くに視線が潜る。何枚もの扉と部屋、それぞれに複雑な魔法陣が描かれている。その全てが、三界の魔物を閉じ込める封印の一部だった。
 城の地下、最下層に、棺がひとつ安置されている。この部屋は全ての壁面と床、天井に至るまで、隙間なく文字とも紋様ともつかない物で埋め尽くされていた。
 〈ここが封印の間だ〉
 建国王の声が、心の奥深くに突き刺さる。
 政晶の心にひたひたと恐怖が満ちる。建国王が力強い声でその恐怖を拭う。
 〈案ずるな。封印は完全だ。魔物は何者も直接脅かす事はできぬ〉
 三界の魔物は、存在の核を物質界と幽界、冥界の三つの世界に置く魔物の総称だ。
 通常の武器では、物質界の肉体を破壊するに留まり、滅(めっ)する事ができない。魔法や魔法の武器ならば、幽界までは届くが、冥界には届かない。
 三界の魔物は遥か古(いにしえ)に、ラキュス湖から遠く離れたもうひとつの大陸……アルトン・ガザ大陸で生まれた。彼の地では、今でこそ科学文明国が多く栄えているが、当時は魔法文明の国々が、隆盛を誇っていた。
 大国のひとつで生み出された魔法生物の一種。
 人間同士の戦争の為に開発された破壊の為の存在。
 それが、三界の魔物だった。
 魔道士に対抗する為に作られた生物兵器で、存在の位相をずらして姿を隠し、攻撃を躱す。瘴気(しょうき)を撒き散らし、人々の暗い情念と瘴気で増殖する。核を破壊しない限り、周辺の魔力を糧に膨張しつつ再生する。魔力を持つ者を喰らい、成長し続けた。
 三つの世界に同時に届く武器。「一人の全存在」を変換した「退魔(たいま)の魂」と呼ばれる武器だけが、これに対抗する事ができる。
 その者の決意に基づき儀式が行われ、変換の術式が組み込まれた呪具が授与される。呪具を所持し、使用する事で、少しずつその者の存在が、呪具に取り込まれて行く。
 武器「退魔の魂」は、その者の命が尽きる時に完成する。その者が長く生きる程、その者が生前に呪具で倒した魔物が多い程、退魔の魂は強大な力を持つようになる。
 〈マサアキを連れてきた騎士も、退魔の魂と成るべく、全てを捧げているのだ〉
 三界の魔物は、戦場で爆発的にその数を増した。
 一定以上の大きさに育ったモノと、新たに生まれたモノは、軍の制御を離れ、人の手を離れ、作成時に与えられた本能に従い、破壊と増殖を繰り返した。
 数を増した三界の魔物は、世界中に広がり、ラキュス湖周辺にも到達した。
 その頃には、既に人間同士は停戦し、三界の魔物に対抗すべく各国が協力し合っていた。
 先に三界の魔物に蹂躙されたアルトン・ガザ大陸からは魔力が枯渇し、皮肉にも三界の魔物の弱体化をもたらしていた。
 退魔の魂が開発され、多くの人間が自ら武器となり、三界の魔物への反撃が始まった。
 千年以上の長きに亘る戦いの末、最初に作りだされた最も大きく強力な三界の魔物を封じる事に成功した。
 〈その封印の地が、ここ、ムルティフローラだ〉
 棺を中心に儀式が行われる映像。
 三人の巫人と鍵の番人、凍てつく炎と他数人の導師達。ある者は楽器を奏で、ある者は魔力を込めた歌を朗々と詠じ、またある者はその手に建国王に似た剣を携え、舞っていた。
 封印の間に満ちていた禍々しい瘴気が剣に断ち切られ、呪歌と楽の音に触れ、霧消する。
 毎年繰り返される追儺(ついな)の儀式だ。
 政晶の記憶に儀式の理由が刻まれ、認識される。
 三界の魔物は封印されて尚、瘴気を撒き散らす。その穢れを祓う為、毎年冬に国内全ての家々が入念に清められ、追儺の歌が歌われた。日々の営みの中で溜まった穢れ、心の澱みをも祓い清め、三界の魔物の瘴気を浄化する。
 えーっと……要するに、大掃除と節分がセットなん? 
 〈その通りだ。聡いな〉
 政晶の認識に建国王が同意し、褒める。
 封印の最外周である山脈にも、祓いきれなかった穢れが到達する。数年に一度、溜まった穢れを祓う事が、建国王の役割のひとつだ。
 封印の間は、建国王の実弟の剣が浄化を担う。
 三人の巫人は今を生きる新しい世代の者だが、凍てつく炎ら儀式を行う導師は皆、二千数百年前に生きた者達だ。封印の一部としてこの世に留まり、三界の魔物の監視と封印の維持管理、王家の血統の保存を行う。不在の折は過去の三人の巫人が代役を果たす。
 最外周の山脈も、魂を核に形成された。山脈に届く穢れは「慈悲の谷」と「欺く道」と言う称号で呼ばれる導師が集め、王都の北に聳える主峰の祭壇に蓄積される。
 〈封印の徽をその身に宿せし我が裔冑よ。我を手に舞を奉じ、穢れを討ち祓うのだ〉
 政晶は左腋の下が熱を帯びるのを感じた。建国王は、自らの子孫を封印の維持の為に差し出したのだ。
 いつまでこんなん続けるん? もし、血筋が絶えてしもたら……
 〈毎年の追儺で僅かずつではあるが、核は縮小しておる。何千年の後になるやらわからぬが、必ず滅する事はできる〉
 なんで年一回なん? 毎月とか、しょっちゅうしたらえぇやん。
 〈術者の負担が大き過ぎるのだ〉
 王都を中心とした国土全体から、封印の魔法陣に力が注がれている。今を生きる人々の生命力と魔力、亡くなった人々の涙に籠められた力。それらを総動員し、十二人の強力な術者達が協力してやっと、一度だけ、最大最強の魔物の核を滅する追儺の術を発動し得るのだ。力の充填に約一年の時間が必要で、その間に瘴気も蓄積してしまう。
 〈案ずるな。三界の魔物は数多(あまた)おったが、他は全て滅した。残るはこ奴、唯一体〉
 二千年以上前から、毎年みんなで頑張ってもアカンて……どんだけやねん……
 政晶の絶望を建国王が受け止める。
 あたたかく力強い気配に、政晶の心のざわめきが鎮まってゆく。父と居て一度も感じた事のない安らぎだった。
 〈憎しみ、恨み、妬み、嫉み、過度の欲望、強過ぎる執着……負の感情と瘴気が凝ると、新たな三界の魔物が生まれる。だが、いずれも小さく弱い内に滅しておる〉
 建国王の家系が選ばれた理由は、強い魔力を持つ他、三界の魔物を検知する能力を持つ為であった。三界の魔物は、核の位相を物質界、幽界、冥界のいずれかにずらして隠す。
 三界を同時に視る事が出来れば、容易に発見できる。この眼はまた、人がどの位相に近いか視る事で、死期を測る事もできた。この能力を「三界の眼」と呼び、その血統を絶やさぬよう、現在でも厳重に管理されている。
 〈我も、汝の叔父……黒山羊の王子も三界の眼を持っておる〉
 ムルティフローラ王家でも、三界の眼を持つ者は、稀にしか生まれない。三界の眼の王族は、何者にも染まらぬよう、黒い動物が徽に定められる。三界の眼がいない空白期間は、建国王の剣同様、「涙」に魂と力を封じた「過去の三界の眼」を借りる事で代用する。
 建国王の剣を手にすれば、その視力を使う事が出来るのだ。
 要するに、山に溜まった悪い気ぃを、王様の剣で見つけて斬ったらえぇねんな。
 〈その通りだ。声や魔力を持たぬ者にも発動できるよう、祓いの術は、身振りにて行う形になっておる。我を手に術式の通りに舞うのだ。よいな〉
 何か……ものすごい責任重大やなぁ……一カ月でできるようになるんかなぁ……
 〈そう案ずるな。我がついておるぞ、マサアキ〉
 唐突に現実に引き戻された。
 政晶は、両手で建国王の剣を捧げ持った姿勢のまま、先程と同じ王家の武器庫に立っていた。双羽隊長、鍵の番人、凍てつく炎の三人も同じ場所で控えている。
 「如何でしたか?」
 「なんか……いっぱい説明されて、剣の王様がついとうから大丈夫やって言われた」
 政晶の答えを双羽が訳す。鍵の番人と凍てつく炎が小声で何事か話し合い、政晶に微笑んで見せた。
 「建国王陛下に気に入られましたようで、宜しゅうございましたね。道中、必ずや助けて下さいますよ」

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