■野茨の血族-40.家族 (2014年12月10日UP)

 確める間もなく、一瞬の浮遊感の後、政晶は一カ月前に旅立った薄暗い部屋の中に居た。
 連絡を受け、魔法の玄関で待っていた経済、月見山、大使が一行を出迎えた。
 「おかえり。ちょっと見ない間に随分、大人っぽい顔になったな」
 「おかえりなさい。元気そうでよかったです」
 「無事のご帰還、おめでとうございます」
 政晶は無事、ここに帰って来た。
 経済が言うように、ここから旅立った夜とは見違える程、逞しくなっていた。眼には生気に満ちた力が漲り、体も以前とは違う筋肉が付き、がっしりしている。
 政晶はいきなり何者かに抱きしめられた。
 力いっぱい顔を押し付けられる胸板は分厚く、鼓動が激しい。政晶は暑苦しかったが、その腕は強く、振り解く事も抜けだす事も出来なかった。
 父は声もなく、ただ、政晶を抱きしめている。
 暫く腕の中で我が子の存在を確認し、少し落ち着いたのか、今度は政晶の体のあちこちを撫でさすり始めた。
 「大丈夫か?! どこも痛くないか?! 大丈夫か?! 怪我はないか?! 大丈夫か?!」
 「あー……大丈夫、大丈夫や、何ともないから、ちょっと落ち着けや」
 魔獣に襲われたとか、暗殺されかけたとか、絶対、言われへんなぁ……
 政晶は腕を突っ張り、まだ充分に狼狽えている父を離した。が、すぐに抱き寄せられ、力いっぱい抱きしめられる。
 「もう、お前らみたいな嘘吐きどもに渡さないからな!」
 「嘘吐き……? 我々が、でしょうか?」
 大使が自分の顔を指差す。
 「騙して連れてった癖に、とぼけんな!」
 「その件につきましては、もう何度もお詫び申し上げましたが……お許し戴けませんでしょうか?」
 「普通、八月一日の夜中って言ったら、一日の午後十一時とかその辺だろう! 一日の午前一時つったら、こっちの感覚だと七月三十一日の夜中なんだよ!」
 「連絡に不備がございました事、誠に申し訳ございません」
 恐らく何度も繰り返したであろう問答に、湖の民は困惑しきった顔で応じる。政晶が帰ってくれば、もう言われないと思っていたらしい。
 ひつこいやっちゃな。って言うか、父さん、コドモか……
 「夜中に大声出すなよ。近所迷惑だろ」
 眼鏡の叔父の醒めた声が、少し離れた位置から窘める。
 「こいつみたいな力があったら、帰さない気だったんだろ?! 信用できるか!」
 「あー……、うん。ただいまー、こいつでーす」
 名を避ける為に指差され、こいつ呼ばわりされた黒山羊の王子殿下こと宗教が、ひらひらと手を振り、遠慮がちに言った。
 「おかえり」
 「おかえりなさい」
 経済と看護師の月見山が、笑いを堪えながら迎える。
 「確かに、それは否定できません。科学文明の国で魔力を持つ子を養育するのは、非常に危険を伴います」
 「それ見ろ、こいつは生まれつき体が弱いから、特別にこっちにいられるだけなんだろ」
 大使が肯定すると、父は更に勢い付いた。
 「もし、この子が元気な体で魔力を持ってたら、お前ら絶対、帰さなかっただろうが」
 「いえ、それは……呪いの影響がございますので、あり得ません」
 双羽隊長が、父の懸念を否定した。
 クロエから土産の包みを受け取りながら、経済が聞いた。
 「ひょっとして、それで、結婚した事も……この子の事も黙ってたのか?」
 「お前らに言ったらあっちの国にバレて、取り上げられると思って、言わなかったんだ」
 経済が、信用ないんだな、と大使と一緒に苦笑する。
 「だから、誰にも内緒で……でも、手続きとかの都合があるから、元町さんにだけ言ってたんだ」
 会社のおっちゃんには、口止めしてへんかったっぽいねんけど……あのおっちゃんが口滑らしたらどないする気やったんやろ? しかも、結局バレてあっちの国に行ったし……
 政晶は父の雑な行動に呆れた。話に気を取られている内に抜けだそうともがくが、我が子をがっちり抱きしめた腕は、びくともしない。
 宗教は、そんな政治に構わず、月見山と談笑していた。
 経済と大使が、すみませんね、とお互いに頭を下げ合っている。
 政晶は、叔父の顔を順繰りに見て、最後に父を見上げて視線を止め、クロエが語った恐い話を思い出した。
 父さんら兄弟は、親にちゃんと育てて貰われへんかってんな。そやから、父さんは夫婦やけど「長男」気分で、母さんを「母さん」みたいに思っとって、僕は子供やけど、父さん的には「弟」扱いなんか……
 これまでにあった父の残念な言動の数々に合点がいった。
 溜め息を吐いている経済にそっと目を遣る。理由がわかり腑に落ちた所で、父を甘やかす気にはなれないが、残念な兄を持つ弟の気持ちは、わかった。
 しゃあないやっちゃなぁ……そしたら、暫くは僕がついといたらなアカンなぁ。
 政晶は両手を「残念な兄」の背中に回して、その大きな体を抱き返した。



【あとがき】

 キャッキャうふふな甘酸っぱい恋愛展開はない。(政晶は母の死、父との確執、環境の変化等で抑鬱状態。色恋沙汰にかまけられる精神状態ではない)

 無意味に飯テロを挿入していた訳ではなく、各シーンにはそれぞれ意味を持たせてある。
 食事を共にする人との関係性、食文化の違い等。抜粋したら、やたら食べている事がよくわかった。

 月見うどん……母と親戚の違い。母との思い出。地域間の食文化の違い。
 サービスエリアで休憩した時、食事を拒んだ……父が嫌いでプチハンスト。
 ご飯、味噌汁、手造りハンバーグ、サラダ……気を使われ、子供が好きそうなメニューにされている。
 弁当……月見山さん作。味は美味しいが、他人の手作りは弁当屋さんに近い感覚。
 寄り弁……残念な状態だが、母ちゃんの愛情だけは籠っていると思う。
 手作りクッキー……友田の姉の手作り。精一杯のおもてなし。詳細は【碩学の無能力者】参照。
 王家の昼食……羊肉入りの野菜スープとパン。庶民より質素。贅沢しない王家。国家間の食文化の違い。
 宿屋の昼食……パンとサラダと焼いた鳥肉のワンプレートランチ。王家の食事より豪勢。
 ちくわ……食文化の違い。建国王の状態の説明。
 野外での昼食……魔法文明圏の調理方法の説明。政晶と護衛の身分の壁。
 宿屋の夕食……サラダと野菜スープとパン、羊料理。ラズベリーソース。政晶と騎士の感覚の違い。
 赤い果物……子供が無邪気に差し出す食べ物は、いらなくてもつい、受け取ってしまう。
 紫色の実……懐かしい子供時代の味。もう味わう事のない幸せの象徴。
 休憩所の食事……各自さっさと食べてすぐ出発。
 宿舎の食事……保存食が中心で味気ない。もそもそ。
 一人の食事……母を心配させない為だけに摂ったに過ぎず、何を食べていたかすら、思い出せない。

39.野茨の血族 ←前 最初に戻る⇒01.引越し
↑ページトップへ↑

copyright © 2014- 数多の花 All Rights Reserved.