■野茨の血族-11.王都 (2014年12月10日UP)
エレベーターが上昇するような一瞬の浮遊感の後、叔父に声を掛けられた。目を開けると、何もない石壁の部屋だった。大使に促され、皆の後について外に出る。
政晶は、眩しさに目を細めた。
瞼越しに真夏の日差しが感じられ、熱風が頬を撫でる。
ゆっくりと目を開く。
一気に眠気が消し飛んだ。
空気は澄み渡り、雲ひとつない蒼天の彼方に山脈が連なる。平野の上に森の陰が落ちていた。
遠くに村らしき家の集まりが点々と見え、畑が広がっている。植わっているのは、政晶が見た事のない種類の葉物野菜だ。
畑を貫いて石畳の道があり、麦わら帽子やとんがり帽子を被った人々が、徒歩や馬車で行き交う。人々の行く先を目で追うと、巨大な城壁に囲まれた街があった。
政晶は長袖の衣服が汗で貼り付き、貫頭衣だけでも脱ぎたかった。
政晶よりも厚着の叔父と双羽は、全く汗をかいておらず、涼しい顔をしている。道行く人々も同様だ。
「結界がございますので、王都の中は魔法で移動できないのですよ。馬車をご用意致しておりますので、こちらへ」
大使の声に横を見ると、道の脇に三頭立ての馬車が停まっていた。
騎士と馬が馬車の傍らに控えている。男女各三人で、いずれも双羽隊長と似た服装だ。何故か腰の剣には刀身がなく、柄と鍔だけを帯びている。胸には鷲の徽章が輝いていた。
馬車には、王家の紋章と黒山羊が描かれていた。王子殿下の専用車だ。御者が恭しく頭(こうべ)を垂れ、扉を開ける。外交官は政晶を乗せると最後に自分も乗り、扉を閉めた。
双羽隊長の号令で騎士達が騎乗し、馬車を中心とした隊列を組んで動き出した。
どんな魔法を使っているのか、石畳の上を走る馬車は殆ど揺れない。窓からの風が、心地よく汗を乾かしてくれた。
政晶の向かいに座る黒山羊の殿下の膝で、黒猫が喉を鳴らしている。殿下は使い魔のクロを撫でながら、今後の予定について説明を始めた。
「お城についたら王様と高祖母ちゃんに挨拶して、その後すぐに検査を受けて、お昼ご飯食べて、舞いに使う剣に会って、ちょっと練習して休憩して、また練習してから晩ご飯。今夜はお城に泊って、明日の朝、山に出発。忙しいけど、大丈夫?」
「多分、大丈夫です」
陸上部におった時はもっとキツかったから、イケるやろ。寝てへんけど。挨拶言われても言葉わからんのに……って言うか「剣に会う」ってなんや?
「高祖母ちゃんは日之本語わかるし、お城ではずっと僕の傍だから、心配しなくていいよ。あ、でも、明日からどうしようかな?」
その言葉で政晶は不安に駆られ、叔父と大使を見た。
「私は報告が終わり次第、大使館に戻らねばなりません」
「共通語、得意だっけ?」
政晶は首を激しく横に振った。
言葉も通じん所に何も考えんと放り出すて、おっちゃん、鬼か?!
「共通語が堪能な官吏は、何人かいるんだけどね」
「あ……あの女の人……えっと……フタバさんは……?」
「隊長は、王様の命令で僕を護衛してるから……変えてもらえるか、後で聞いてみるね」
政晶は窓から顔を出した。馬車の横に黒髪の男性騎士、先導には双羽ではない金髪の女性騎士がついている。
眼前に巨大な城壁が迫ってきた。
商都や帝都の駅前ビルよりも高く、堅牢な石壁。黒々と口を開けて旅人を迎え入れる城門の両脇には、見張り塔が聳えている。いつからここに在るのか見当もつかないが、風雨に晒されて尚、揺るぎなく街を守っていた。
灼けつく日差しの下、荷を負った人や馬、馬車がのんびりと行き交っている。湿度が低いからか、肌を見せない服装の者が多い。誰もが馬車の紋章に気付き、道の脇に避け、お辞儀をして政晶達一行を見送った。
高速道路の料金所のように止められる事もなく、城門を通過する。
トンネルのように分厚い石壁の通路を抜けると、三車線分はありそうな道の両脇を、人が埋め尽くしていた。政晶に気付いた人々が、笑顔で手を振り、口々に何か言い始めた。
「落ちるといけませんから、身を乗り出さないで下さい」
馬車の後方、隊列の最後尾から、双羽隊長の冷ややかな声が飛んできた。政晶は慌てて顔を引っ込め、叔父を見た。
「みんな、僕達を歓迎してくれてるんだよ」
黒山羊の王子殿下が窓の外に向かって小さく手を振ると、一際大きな歓呼の声が上がった。政晶も叔父に倣って小さく手を振ってみた。叔父同様の歓声が、大きなうねりとなって馬車を包んだ。
「あ、そうだ。前にも言ったけど、この国では絶対に名前を言っちゃいけないよ。名乗る時は僕の甥……『黒山羊の王子の甥です』って言うんだよ」
「なんで?」