■野茨の血族-08.弁当 (2014年12月10日UP)

 友田は、昨日も今日も、先週と変わりなく、目立たない空気だった。朝、目があった時、お互いに小さく会釈した以外は、これまで通り。
 多分……昨日のお礼とか言うた方がええんやろけど、そんな事してヘンに目立ったら、他の奴に何こそ言われるかわからんし、迷惑掛ける訳いかんわなぁ。
 そうこうしている間に昼休みになった。
 机を寄せたり校庭に出たり、各自、思い思いの場所で弁当を食べる。
 班の女子は、他クラスの女子と校庭に行った。空いた席に、さも当然のように赤穂委員長が座る。雨の日以外はずっとこうだ。
 小学校から仲がいいらしい友田と二人、弁当を食べながらオカルト話をしている。趣味の話だけで昼休みが終わり、政晶の家に来た事は話さなかった。
 やっぱり友田君も、ウチに来た事、言わん方がえぇ思とんやろな。
 政晶は、一人で黙々と弁当を食べた。
 翌日も同じような昼休みになる筈だった。
 友田が、向いに座った赤穂に名刺大のカードを渡している。
 「お、巴の母ちゃん、料理上手いんだな。一口くれよ」
 カードを受け取ろうと腰を浮かせ、視界に入った唐揚げを自然な動作で一個つまむ赤穂。
 「俺の母ちゃん、料理下手でさー、こんなのでもよかったら、交換で何か取って」
 赤穂は政晶に弁当箱を向けた。政晶は胸が詰まって何も言えず、俯いた。
 寄り弁……卵焼きを失敗したらしきスクランブルエッグは焦げ、キュウリの厚みはバラバラ、べっちょりと煮崩れた煮物と、皮を剥いた八朔が直入れしてあり、色々な汁が染み込んだご飯は、茶色くなっていた。
 赤穂君、下手でもえぇやん。母さんが作ってくれたんやったら。作ってくれる母さんが、まだ生きとんやったら、それで。料理くらい下手でもえぇやん。赤穂君の母さん、元気なんやろ? 下手でも頑張って早起きして、赤穂君に弁当作ってくれとうやん。
 唐揚げを頬張ってヘラヘラしていた赤穂が、一瞬で青ざめた。焦りでしどろもどろになりながら、謝る。
 「うわ……ご……ごめん! すまん!」
 異変を感じた同級生が、チラチラこちらに目を遣る。友田もそっと立ち上がり、政晶の様子を見た。
 政晶は声もなく、大粒の涙を零していた。自分でも、これしきの事でこんなに涙が出るとは思いもよらず、自身の涙に困惑している。
 母さんの灰……海に撒きに行った時も、涙なんか出んかったのに、何で今頃……
 「ちょっとー、委員長の癖に何いじめてんのよー」
 副委員長の網干(あぼし)が、箸を握ったまま、こちらに来て赤穂委員長を非難する。
 それに呼応するように、他の女子達もガタガタと音を立てて席を立ち、あっという間に赤穂を包囲した。みんな険しい表情だ。
 立ち上がっていた友田は、図らずも赤穂を囲む人垣の一部になっていた。
 「あ……その、いじめじゃなくって、ちょっとしたおフザケって言うか、美味そうだったからつい……まさか、泣くとは思ってなくて、その……」
 「いじめっ子って大抵そう言うよねー」
 「相手が嫌がった時点でいじめじゃん」
 「悪気がなかったら何してもいいってもんじゃないのよ」
 「赤穂君、最悪〜」
 「委員長サイテー」
 女子達が囂々と非難する中、政晶は首を横に振り、ブレザーの袖で涙を拭った。
 何か言わな……赤穂君が悪もんにされてまう……僕が勝手に悲しなって、涙出てもただけやのに……赤穂君、別に悪ないのに……
 男子達は、恐ろしい物を見る目で固唾を呑み、こちらを見守っている。弁当に集中して無関係を決め込む者もいた。
 「いっ……いじ……違……これ、母さんじゃ……違う……」
 嗚咽で言葉にならない。
 政晶と赤穂委員長を見比べ、躊躇していた友田が、ついに口を開いた。
 「あ……あの……」
 空気の友田に視線が集中し、口をつぐんだ。ひとつ深呼吸して、緊張で言葉を詰まらせながらも、政晶に代わって事情を説明してくれた。
 「とっ巴の母ちゃん、先月亡くなったばっかりなんだって……それで、多分……いじめじゃなくって、単に委員長が『母ちゃんの弁当』って、地雷踏んだだけって言うか……」
 政晶は、しゃくりあげながら頷いた。
 教室は、水を打ったように静まり返った。
 「うわ! マジごめん! 知らなくって、その、ホントごめん!」
 「えッウソ……マジで……?」
 「えぇーッ!? 可哀想〜……」
 「あー……取敢えず、これ使って」
 平謝りする赤穂。一気にざわつく教室。同情する女子達。
 網干副委員長が、そっとポケットティッシュを差し出してくれた。

07.腕環 ←前 次→09.血筋
↑ページトップへ↑

copyright © 2014- 数多の花 All Rights Reserved.