■野茨の血族-21.質問 (2014年12月10日UP)

 朝から雲ひとつない快晴で、家々の屋根から雀ではない鳥の声が聞こえる。
 近郊の農村から新鮮な野菜が持ち寄られ、朝市が立っていた。日中よりも人の往来が多く、早朝の城門付近は活気に満ち溢れていた。
 政晶達一行は、籠を背負った人や荷車の流れに逆らって、王都北側の城門を出た。
 「舞い手さんは山登り得意?」
 馬上から鍵の番人が聞く。重い物を持って慣れない動きをしたせいで、筋肉痛になった政晶は、脂汗を浮かべながら答えた。
 「あんまり……」
 「そう。じゃ、ゆっくり登ろうね」
 クロエの通訳に頷いて、鍵の番人は気楽に言った。
 蒼天の下、青々と葉が茂る畑の中を白い石畳の道が、どこまでも続いている。山脈は遥か彼方で陰のように蹲(うずくま)っていた。
 すれ違う人々がにこやかに挨拶する。騎士達が口々に返礼し、政晶も軽く会釈を返した。ムルティフローラ人は人懐こい性質(たち)らしい。
 まだ足に馴染んでいない靴が、再び靴擦れを作る。政晶は平静を装い、足を前に進めた。昨日、何故鍵の番人に靴擦れがわかったのか、不明だ。新しい靴だから当然そうなっているだろうという予想なのか。
 それとも、何か……
 〈下らぬ事を気にするでない。今も足が痛むなら、鍵の番人に言うがよい〉
 えー……でも……
 〈何を遠慮する必要がある。その為に随行しておる呪医なのだぞ〉
 えー……でも……靴擦れくらいで……
 〈靴擦れくらいとは何だ。我は汝と感覚を共有しておるのだ。汝の痛みは我が痛み。そんな足では到底(とうてい)、今日の旅程をこなせぬわ。歩けなくなるまで黙っておるつもりか?〉
 え、でも……何の力もない僕なんかの為にわざわざ魔法使って貰うの悪いなって……
 〈それが鍵の番人の職務だ。汝の力の有無なぞ関係ない〉
 ちから……あ……ッ! そない言うたら、魔物が見えるようにするとか言うとったん、どないなったん? 今、ホンマに近くに魔物おらんの? それとも僕だけ見えてへんの?
 政晶は馬車での遣り取りを思い出した。
 霊視力がなければ生活に支障を来たす国。
 具体的にどう支障が出るのか説明されなかった事が、あぁかもしれないし、こうかもしれない、と一層の不安を掻き立てる。
 〈両方だ。ここは魔除けの結界が施されておる故、安全だ。そして汝はまだ半視力だ〉
 おっちゃんは【視える】ようにして貰える言うとったんやけど……
 〈今はまだその必要はない。この辺りでは、発生直後の三界の魔物は駆除されておる。他の魔物は結界内には侵入できぬ。安心せよ。それに、視力を付与する術は一時的な物だ。何度も掛け直すのが面倒なのだろう〉
 政晶は溜息を吐き、視線を落とした。何も考えたくない気分だ。
 石畳を見詰めたまま、ひたすら足を前に出した。
 畑には昨日の夕飯に出た葉物野菜が植わっている。味は濃いが青臭さがなく美味かった。赤紫色の茎に緑の葉が茂り、風にそよいでいる。
 〈畑の景色は飽きたか?〉
 えっ……う、うん……まぁ、ずーっと一緒やし……
 〈ふむ。退屈ならば、今の内に気になる事を聞くがよい。鍵の番人は物識(ものし)りぞ〉
 えっ……でも……
 戸惑う政晶を建国王は笑い飛ばした。
 〈帰国すればもう聞けぬのだ。汝は力を持たぬ故、二度とこの地を踏む事はない。後で一生涯の悔いを残すより、この機会を活かせばよかろう。見よ、居眠りしておるぞ。落馬を防ぐ為にも話し掛けてやれ〉
 鍵の番人は、白馬の背に揺られながら舟を漕いでいた。今にも手から杖が滑り落ちそうだ。政晶は知りたい事が多過ぎて、何から聞けばいいか考えあぐねた。
 鍵の番人の頭がガクリと揺れ、目を覚ました。杖を握り直し、姿勢を正す。
 「あ……あの、鍵の番人さん……ちょっと、質問いいですか?」
 政晶の言葉をクロエがそのまま訳すと、鍵の番人は眠い目をこちらに向けた。
 「私が答えていい事なら、いいよ」
 「叔父さん、馬車で出掛けましたけど、こっちでは何してるんですか? 日之本帝国では、大学の先生なんですけど……」
 思ったよりすらすらと言葉が出た。鍵の番人は何だそんな事かと言いたげな顔で答える。
 「公務だよ。結界の保守管理と、三界の魔物の索敵」
 「結界の保守……?」
 政晶には何の事かさっぱりわからない。
 「ラキュス湖周辺は、三界の魔物以外の魔獣や魔物も沢山いるからね。町や村に入らないように、魔除けの結界を張るんだ。農村は、周りの畑や牧場も含めて守ってるよ」
 鍵の番人は言葉を区切り、政晶を見た。政晶が頷くと、杖で畑を示しながら続ける。
 「民自身でも結界を張る事はできるけど、何分(なにぶん)、力が足りないから、せいぜい自分の立っている場所を短時間守るので精一杯。力が強い人でも、部屋ひとつ分と言った所が関の山。私や凍てつく炎達みたいに、王族以外で町や村を丸ごと守れる者は、あんまり居ないんだよ」
 「魔力って鍛えられへんの?」
 政晶が思わず方言で漏らした呟きを、クロエが湖北語の標準語に訳す。
 「ある程度は鍛えられるけど、限度があるね。それに、強すぎる力は、普通に生活するのには不便だし」
 「不便って何で?」
 「出力が強過ぎて、細かい調整が難しいんだよ。例えば、蝋燭に火を点けようとしたら家一軒全焼させちゃったり……」
 「えぇッ?!」
 政晶が思わず立ち止まると、騎士達も歩みを止めた。あ、いえ、お構いなく、と慌てて促し、先に進む。
 「この杖は魔力の出力や方向を調整する制御棒で、この国では王族や導師が持ってるよ。これを持って一生懸命練習すれば、蝋燭だけに火を点けられるようになるんだ」
 「ご主人様は、ユンボの先に括(くく)りつけたお玉で、漏斗(ろうと)は使わず、一滴も零さないようにペットボトルに水を入れるみたいな作業だ、とおっしゃっていました」
 クロエの補足に政晶は衝撃を受けた。言葉も出ない。
 「黒山羊の殿下は、その強大な魔力で、農村と畑を守る結界を施しに行かれたんだ。黒山羊の殿下なら、結界の効力は五、六年続くし、ご不自由なお体を押して公務を行うお姿から、多くの民に慕われてるんだよ」
 政晶は、王都の人々の笑顔を思い出した。
 おっちゃん、パンピーには好かれとんか……そしたら、おっちゃんの命狙(ねろ)とった奴って、大臣とかの偉い人の中におったんか……?
 不穏な思考に、政晶の記憶を漁った建国王が驚愕する。
 〈何と! そんな事になっておったのかッ?!〉
 えっ? 何で王様、知らんの? 
 〈我は数年に一度しか武器庫を出られぬ。その上、使用者は年端もいかぬ坊やばかりだ。敢えて耳に入れぬようにしておったのだろう〉
 そう言われてみればそうだ、と納得しかけて、政晶はつっこんだ。
 それって、王様がいらん事したせいで、知れる立場の人に使こてもらえへんから、教えてもらわれへんかっただけやんな? 
 〈マサアキ……鋭いな……まぁ、汝も用心するのだ。行きはよいよい帰りは恐い。儀式の後、何かあるやも知れぬからな〉
 ドスの利いた声で脅され、政晶は震えあがった。
 あんなぁ、王様、さっきの話まとめたら、もし、その反対派の偉い人に鍵の番人さんが入っとったら、僕、終わりやんなぁ……? お城に帰るフリして、全然ちゃうとこ連れてかれて……
 〈鍵の番人がその気なら、汝らの一家はそもそも生まれてすらおらぬ。だが、元より鍵の番人ら十二人の導師は、封印の一部故(ゆえ)、我が野茨の血族を害する事はできぬのだ〉
 建国王の言葉で政晶の心は一気に軽くなった。少なくとも鍵の番人の傍に居る限り、この比類なき導師に守って貰えるのだ。
 政晶は、歩きながらあれこれ質問した。鍵の番人は特段イヤな顔をする事もなく、それに答える。子供の姿をしているが博識で、説明もわかりやすかった。

 足下の影が短くなる頃、街道沿いの畑の隅に一本の大木が見えてきた。
 木陰で数人の旅人が昼食を摂っていたが、政晶達一行に気付くと、慌てて立ち上がり、最敬礼した。鍵の番人が、気にせずゆっくりするように言う。旅人達は互いに顔を見合わせ、おずおずと腰を下ろす。騎士達は旅人に会釈すると木に馬を繋ぎ、荷を降ろした。
 最も日が高い時間帯で、街道を行く人影は疎ら。車のエンジン音、店頭の呼び込みやBGM、蝉の声等、政晶が聞き慣れた夏の音は何もない。代わりに、畑の上を吹き渡る風の音と蹄の音、知らない虫の音(ね)や鳥の声が聞こえる。
 科学文明国の都会の喧騒から遠く隔たった、のどかな夏の昼下がりだった。
 政晶は手伝いを申し出たが、騎士達に断られた。手持無沙汰になり、何となく白馬に近付く。白い軍馬も黒い瞳で政晶をじっと見ている。政晶は、そっと手を伸ばし、入道雲のように白いたてがみを撫でた。
 猫のように喉を鳴らす訳ではないので、喜んでいるかどうかはわからない。少なくとも嫌がってはいないようで、白馬はされるがままになっていた。
 灰色の軍馬が首を伸ばして、しきりに政晶の匂いを嗅いでいる。
 昨日よりは慣れたが、それでもやはり踵と踝(くるぶし)が痛む。馬に構って逃避しても、痛い物は痛い。鍵の番人に言った方がいい事はわかっているが、政晶は言い出せないでいた。
 普通に絆創膏貼って、何日か我慢して、それでしまいやしなぁ……
 〈すぐに治す手段があると言うに、何故そんな痩せ我慢をするのだ?〉
 政晶の中に建国王の呆れ声が響いた。何故、と問われ、反射的に理由を探す。そして、問われるまで、その理由に自分でも気付いていなかった事に、気付いた。
 何でって……えー……うーん……そうやなぁ……僕が今まで生きてきた中での「普通」と、ここの「普通」がちゃうから、言うてえぇんかどうか、わからんからかなぁ……?
 理屈としては筋が通っている気はするが、自分でも本当に自分がそう思っているのか、わからない。
 建国王もそれに納得したのかしないのか、曖昧な思考の波を返してくる。
 〈だが、汝は靴擦れに苦しみ、我も汝と共に苦しみ、そしてこの地では、呪医に頼めばすぐに癒される事も知っておる。何度も繰り返すが、何を為すべきか、わかるな?〉
 〈斧〉が皮袋の口を広げ、〈灯〉が小さな瓶から水を注いでいる。瓶は三百五十ミリリットルのペットボトルに近い大きさだが、出てくる水の量は、瓶の容量よりも明らかに大きい。掃除用バケツの大きさの皮袋になみなみと注いで、まだ中身があるのか、〈灯〉は慎重にコルク栓を閉めていた。〈斧〉が、皮袋で馬達に水を飲ませて回る。
 「舞い手さん、こちらへ」
 鍵の番人からそう呼ぶように指示されたクロエが、政晶に声を掛けた。〈雪丸〉が別の瓶から出した水に香草の束を突っ込んでいる。その傍らでは鍵の番人と〈雪〉が昼食の用意をしていた。
 〈雪丸〉が政晶を洗い、馬に水を飲ませ終えた二人も洗った。
 鍋敷きのような石板の上に金属の五徳を乗せて〈雪〉が呪文を唱える。石板の上に小さな火が、円を描いて現れた。鍵の番人が、鍋に水と干し肉と乾物の野菜を入れ、お玉でかき混ぜる。じきに旨そうな匂いが辺りに漂い始めた。
 銅のマグカップに注いだスープと、今朝、宿の主人が持たせてくれたパンが配られた。使い魔のクロエにも与えられ、早速やわらかなパンに齧りついている。
 政晶達が食べ終わる頃、旅人達は食後の休息を終え、王都への旅路に戻った。政晶は手を振って見送った後、疑問が浮かんだ。
 「何であの人ら歩いて行きよん? おっちゃんみたいに魔法で手前まで行かれへんの?」
 「知らない場所には跳べないもの。例えば、黒山羊の殿下達ご兄弟が、初めてこの地を訪れた時は、大使が跳んだよ。大使は、我が国が国連に加盟していた頃に、陸路と海路でバルバツム連邦に行って、三つ首山羊の王女殿下が嫁いだ時に、王女と共にバルバツムから船で日之本帝国に渡った。だから、日之本帝国から王都の前まで跳べたんだ」
 あぁ、近所に連れてってくれる人おらんかったら、普通の交通手段で行かなあかんのか。
 納得した政晶は、鍵の番人に礼を述べ、旅人達の既に小さくなった後ろ姿を見送った。

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