■野茨の血族-33.剣舞 (2014年12月10日UP)

 呪われた自らも、この世の全てを拒めばよい。
 誰もがお前の求めに応じず、助ける事もない。
 自らも、この世の全てを拒絶し、呪えばよい。

 母に会う度、きちんと食べているか心配された。面会時間が終わった後、一人で帰った暗い家の寒さを思い出す。母を心配させない為だけに摂った一人の食事。何を食べていたか思い出せない。冬の夜は長く、一人の家は広かった。寝て起きればすぐ朝になる筈が、なかなか眠れなかった。
 ホンマはもっと、母さんが生きとう間に甘えときたかった! 死んでまうて、わかっとったら……もっと早(は)よ、父さんにも言うとった! もっと早(はよ)うに、父さんに来て欲しい言うとったわ!
 「視界の外なる焔光陽炎纏い、慧し剣、儺やらい、穢れ討ち、外なる碍(がい)断て、慧し剣」
 右手の指先が、固い物質に触れた。右足の甲の上だ。力いっぱい掴んでドブ水の上に引き揚げる。

 誰もがお前を認めず顧みず、気にも掛けない。
 誰もがお前の望みに応じず、満たす事はない。
 誰もがお前の求めに応じず、助ける事もない。

 刃が指に食い込み、ドブ水の上に鮮血が滴る。
 「薙ぎ祓え、祓い清めよ、破魔の剣、日の箭霊呼び、弓弦鳴らせ」
 ホンマはもっと……ちっさい時みたいに、ずっと、三人で! 家族みんなで……家に! 一緒におって欲しかったんや!

 政晶の頬を熱い滴が伝う。そのまま一気に引き上げ、剣を持ち替えた。政晶の血と涙が触れたドブ水に穴が穿(うが)たれる。
 〈よくぞ持ち堪(こた)えた。このまま続けよ。我の力を解放する〉
 手の中に帰ってきた建国王の声が、政晶を力強く励ます。政晶は血でぬめる柄をしっかりと握りしめた。痛みが却って意識を鮮明にする。建国王の涙が若葉色に輝く。

 国は、政晶を利用して捨て去ろうとしている。
 用済みになれば、この国からも、拒絶される。
 誰も望まないタダの子供を何故、産んだのか。

 穢れと瘴気のドブ水が、再び二人を分かとうと、激しく波打つ。
 政晶はそれに構わず、足を肩幅程度に開き、左足を半歩前に出した。ドブ水が顔に跳ねたが、気にせず両手で剣を正眼に構え、大きく円を描く。ドブ水が円形に抉れ、政晶の正面からなくなる。
 剣を顔の正面で横に構え、一呼吸止める。左手を離し、右手だけで横に薙ぐ。この世ならぬ瘴気のドブ水が斬撃から逃がれ、政晶の右側に大きく空間が拓いた。
 切先を天に向け、ゆっくりと前に降ろし、正面に突きつける。封印の導師と護衛の騎士、使い魔のクロエと主峰の心の姿が見えた。慈悲の谷と欺く道は、休まず呪歌を演奏している。鍵の番人が、童歌のような癒しの呪文を唱える声も聞こえた。
 そのまま体全体を使った大きな動作で空中に文字を書く。

 天の理(ことわり)、地の恵み、水の情けと火の怒り、
 我にその大いなる助力与え、この血に熱帯(お)び、心に勇気灯(とも)せ。
 蒼穹(そうきゅう)の許(もと)、鵠(ただ)しき燭(ともしび)よ、
 如何なる疏明(そめい)も却(しりぞ)ける峻厳なる光よ、
 咎人(とがびと)の陰(ひそ)かな企(たくら)み劾(あば)け。

 建国王が示す文字の映像を慎重に剣でなぞった。一文字ずつ、正確に。

 視界の外なる焔光陽炎(えんこうようえん)纏い、
 慧(さと)し剣(つるぎ)、儺(な)やらい、穢れ討ち、
 裡(うち)なる碍(がい)断て、慧し剣。
 魔の目貫け、慧し剣、儺やらい、魔滅せ。
 日々に降り積み心に澱(よど)む塵芥、洗い清めよ、祓い清めよ。
 視界の外なる焔光陽炎纏い、慧し剣、儺やらい、
 穢れ討ち、外なる碍断て、慧し剣。
 魔の目貫け、慧し剣、儺やらい、魔滅せ。
 夜々(よよ)に降り積み巷(ちまた)に澱む塵芥、洗い清めよ、祓い清めよ。

 先に鍵の番人の術が完成し、手の痛みが引いた。政晶は、祭壇の広場の外で見守る大人達に頷いて見せた。鍵の番人が再び、追儺の呪歌を歌う。

 薙ぎ祓え、祓い清めよ、破魔の剣、日の箭霊(さち)呼び、弓弦(ゆづる)鳴らせ。
 巡り繰(く)る因果の糸のその先に警(いまし)めて戒(いまし)めに忌(い)まし魔を縛(いまし)めよ。
 破魔の剣、日輪(ひのわ)翳(かげ)らす雲を薙ぎ、月を翳らす靄を祓え。
 射交矢(いくさ)、祝的(しゅうてき)し、祓えども心許すな、
 三界の魔誘(いざな)う深淵の螺旋、我欲の沼を出で祓い清めよ。
 日の箭霊(さち)呼び、弦(つる)打ち残心(ざんしん)せよ。

 ドブ水が、政晶の体の周囲から居なくなる。剣の軌跡が、光の弓を創り出す。刃が照り返す夏の日射しが無数の矢となって降り注ぎ、ドブ水を穿つ。政晶は剣を文字の形に振るい、ドブ水を追うように祭壇の広場を縦横に舞う。

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