■野茨の血族-09.血筋 (2014年12月10日UP)

 六月最後の土曜、政晶は昼食の後、赤穂委員長と一緒に友田の家へ遊びに行った。
 あれから何度か、友田は巴准教授に呼ばれて屋敷に来たが、政晶が友田の家を訪れるのは、初めてだ。赤穂も、友田とは小学校の時からのオカルト仲間だが、初訪問だと言っていた。
 友田は月末に父親の転勤に伴い、転校する。家の事情で引越し先は誰にも教えられない、と暗い顔で言っていた。最近は教室でも気配を消さず、誰とでも話し、よく笑うようになっていた。仲良くなれたと思った矢先の転校で、政晶は落胆したが、メールは大丈夫だと聞いて少し安心した。
 二人は居間に通され、友田の姉の手作りクッキーでもてなされた。
 他愛ない話をして、オカルト話をして、その流れでデーレヴォを呼び出した。
 「スゲー! マジックアイテム、生で見んの初めてなんだ! スゲー!」
 赤穂委員長は、大興奮でスゲーを連発していた。感動に言葉が追い付かないらしい。友田に、レンタル品で間もなく返却だ、と説明され、物凄く残念そうに悔しがった。
 政晶も最近、かなり元気を取り戻していた。以前より口数が増し、今日も普通に会話に参加している。まだ赤穂委員長の冗談に弱々しく笑う程度だが、始業式の日より、ずっと生き生きしていた。
 夕飯前に解散し、三人でメルアドを交換する時に気付いたが、宗教から何度も着信が入っていた。
 屋敷に帰ると、玄関で化け猫の執事が待ち構えていた。
 「政晶さん、応接間でご主人様達がお待ちです」
 執事は、いつ見ても同じスーツをきっちり着こなしている。化け猫は暑さを感じないのか、汗ひとつかいていなかった。
 「あの……えっと……手を洗って、着替えてから……」
 「皆様、永らくお待ちです」
 父よりも大柄な執事は、有無を言わせぬ調子で言った。主人の命令に忠実な使い魔に、どの程度の融通が利くか不明だが、政晶がトイレに行く事は、妨げられなかった。
 手を洗い、ついでに汗だくの顔も洗って扉を開けると、真正面で執事が待ち構えていた。
 「皆様がお待ちです。応接間にお越し下さい」
 政晶は渋々、執事の後に従った。
 応接間は、玄関の左隣だった。
 執事の言う「皆様」は、宗教と双羽、どこかの民族衣装を纏った緑髪の男性だった。
 染めたのでなければ、ラキュス湖周辺に住む「湖の民」と呼ばれる少数人種だ。政晶達「陸の民」より多くの銅を必要とし、髪が緑色なのはそのせいだ、と教科書に載っていた。
 「この人ね、ムルティフローラの外交官」
 「初めまして。黒山羊の殿下の甥御様。私は、国王陛下より特命全権大使を拝命致している者です。在日之本帝国ムルティフローラ大使館に駐在しておりますので、御用の際はお気軽にご連絡下さい」
 父より少し年上に見える湖の民の男性は、立ち上がって恭しくお辞儀した。政晶は、生まれて初めて対面した湖の民に、何と言えばいいかわからず、取敢えずお辞儀を返した。
 何はともあれ、何の説明もなくケータイに登録されていた「大使館」の番号が、ホンモノだった事は、たった今、わかった。
 「今日は用があるから家にいて欲しかったんだけど、お父さんから聞いてなかった?」
 「えっ……はい? ……えっと、すんません」
 何やそれ? 今、初めて聞いてんけど……? あのダボ、何で要らん事はベラベラ喋る癖に要る事は言わへんねん! おっちゃんも、僕に直接言うてくれたらえぇのに……
 政晶は宗教に頭を下げ、顔を引き攣らせながら、勧められた席に腰を下ろした。
 大食堂に負けず劣らず豪奢な応接間だ。座り心地のいいソファに汗だくのまま座るのは気が引ける。宗教の命令で、執事が応接間を出て行った。
 「しょうがないなぁ。あ、そうだ、魔法の国には本名を言う習慣がなくて、肩書とか、お家の紋章で呼ぶから、大使は名前を言わなかったの。君も名乗っちゃダメだよ」
 「え……? あ、はい?」
 「えっとね、双羽さんは家紋が二枚の羽で、湖北語だと発音が難しいから、日之本語の苗字っぽく訳して【双羽】さん。肩書はムルティフローラ王国近衛騎士団赤い盾小隊隊長。僕の護衛」
 「父上は、私の説明もなさらなかったのですか?」
 双羽隊長が呆れたように言った。政晶は、父のいい加減さに申し訳なくなり、身を縮めながら頷いた。大使が用件に入る。
 「既に父上からお話があったかもしれませんが、私からも改めてご説明申し上げます。ムルティフローラ王家の血を引くあなた様には、一度、本国で能力の検査を受けて戴かなければなりません」
 夏休みに一回だけ高祖母ちゃんに会いに行く……て、これか!
 大使は、不安げな政晶を安心させるように、優しく微笑んで続ける。
 「検査と申しましても、難しい事はございません。お体のどこかにある王家の紋章を確認させて戴いた後、右の塔の扉を開け、可能な限り階段を昇って戴くだけです」
 「こんな形の痣(あざ)がある筈だよ」
 宗教が、政晶に腕輪を見せた。叔父の折れそうに細い右手首で、銀の野茨が輝いている。中心に花、その左に葉、右に実。政晶にも見覚えのある意匠だ。
 自身の左腋の下に全く同じ形の茶色い痣がある。
 幼稚園児の頃、風呂で父の腰にも同じ痣を見つけた事を思い出した。左右どちら側かは失念したが、自分にもある印象的な形は、よく憶えている。
 父と同じなのが何故か嬉しくて、風呂上り、体も拭かず母に自慢した。母はバスタオルで政晶を拭きながら、笑って言った。
 「さよか。お父さんとお揃い、よかったなぁ。ほんでも、皆には内緒にしとこな」
 「えー、なんでー?」
 「なんでも。政晶がおっきなったら、教えたげるからな。それまでは、お父さんとお母さんと、政晶だけの秘密な。誰にも内緒やで」
 「えー、センセにも内緒なん?」
 「先生にも内緒やで。約束な。絶対、誰にも言うたらあかんで」
 その後、成長するにつれて、秘密の意味が徐々にわかってきた。
 自然にはあり得ない形なので、刺青だと思っていた形。
 水泳の日は、絆創膏を貼ってひた隠しにした、忌々しい痣だった。
 いや、ちょっと待って、そしたら僕もそのナントカ言う国の……
 「ムルティフローラ王家の血筋の目印で、関係ない人との結婚が七代続けば、消えるんだって。えーっと、君の曾孫(ひまご)には出ないよ」
 政晶は呆然としたまま、宗教の言葉に頷いた。言語的な意味は理解できるが、内容が理解の範疇を超えている。
 執事がお茶のおかわりを持って戻ってきた。冷たい麦茶で唇を湿らせた大使が、更に説明を続ける。
 「我が国では、王家の血族の中でも、基準以上の魔力をお持ちのお方にのみ、王位継承権が授与され、王族と認められます。このお家の中ですと、こちらの黒山羊の王子殿下が王族であらせられます」
 大使が叔父を改めて紹介した。叔父は笑いながらそれを否定する。
 「えー……? 僕、王子じゃないよ?」
 えっ? おっちゃん、やっぱりお姫様……?
 「王子って【王様の息子】でしょ? 僕、王様の玄孫(やしゃご)だから王子じゃないよ」
 「この国の言葉で【王子】とは【王位継承権を持つ男子】と言う意味だそうです。従って、あなた様は王子様です」
 「えっ? そうだったの? ずっと違うと思ってた」
 王子様と大使閣下の間抜けな遣り取りを、近衛騎士が冷ややかな目で見守っている。
 大使が政晶に向き直って言った。
 「国王陛下と三つ首山羊の王女殿下も、あなた様とお会いできる事を、楽しみになさっていらっしゃいますよ」
 さっきからその黒ヤギとか何とか、手紙読まんと食べてまいそうなそれは何やねん。
 「三つ首山羊の王女殿下は、あなた様の高祖母(こうそぼ)に当たるお方です。お徽(しるし)が【頭が三つある山羊】ですので、私共、臣下はそのようにお呼びしております」
 「食堂に絵があったでしょ。あれ、高祖母ちゃんの肖像なんだよ」
 色々と察しのいい大使は、政晶が疑問を口に出す前に説明した。宗教叔父さんこと黒山羊の王子殿下が付け加える。
 政晶はまだ一度も食堂に入っていない為、肖像画とやらも目にしていない。
 「ここからが本題なのですが、宜しいですか?」
 政晶は言葉に詰まった。父からは全く何の説明もなく、政晶も疑問を口に出せないまま、今日まで過ごして来た。
 宜しいもなんも……何言われるんやろ……? 
 大使は居住まいを正し、少し身を乗り出すようにして切りだした。
 「数年に一度、我が国を囲む山脈の主峰で、儀式が行われます。剣舞の奉納なのですが、残念ながら、本番の舞い手と二番手のお方に御不幸がありました。資格をお持ちの方で現在、実際に舞えそうな方が、あなた様だけなのです」
 そこまで言って言葉を切り、緑色の瞳で政晶の目を覗き込む。政晶はイヤな予感がした。
 「もし、宜しければ、剣舞を奉納して戴きたいのですが……」
 いや、そんなん急に言われても……
 政晶が困惑して口をつぐんでいると、黒山羊の殿下が言った。
 「舞に使う剣が、王家の血を引く未婚の男の子にしか持てない仕様なんだよ。一応、僕にも資格はあるんだけど、重い真剣を持って一時間も踊れないから……」
 「一時間?!」
 政晶は別な意味で絶句した。実際の重量は不明だが、一時間も真剣を振り回し、踊り続ける事を想像して、目眩がした。
 そら……体が弱いおっちゃんには、絶対無理や。死んでまうゎ。
 「三番手のお方は、まだ十歳ですので、体力的にちょっと……」
 全く断れない空気を感じ取り、政晶は力なく肩を落として頷いた。
 途端に大使の顔が明るくなる。
 「お引き受け下さるのですね。ありがとうございます。練習の期間も含め一カ月程度、本国にご滞在戴きますが、宜しゅうございますね?」
 急な話に困惑する政晶に、大使が畳みかける。
 「学業に障りがあるといけませんので、夏休み期間中、八月にお越し戴くと言う事で、宜しゅうございますね」
 七月中に宿題を全て終わらせなければならない。政晶は胃に鈍い痛みを感じながらも、頷かざるを得なかった。
 赤穂君に手伝(てつど)うてもろたら、何とかなるん……かな? 
 「特にご用意戴く物はございません。身ひとつでお越し下さい。では、時差がございますので、八月一日の深夜、お迎えに上がります」
 「僕とクロと双羽さんも一緒だから、心配しなくていいよ」

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