■野茨の血族-13.王城 (2014年12月10日UP)

 曲がりくねった大通りを抜け、馬車は街の中心に位置する城に到着した。城門の前で衛兵が長槍を掲げて敬礼している。そのまま通過し、第二、第三の城壁と城門を抜け、漸く前庭に到着した。
 城は煌びやかな宮殿ではなく、堅固な城塞だった。正面の大扉の前に、十数人の武官が整列している。数人の女官を伴い、いかにも身分が高そうな女性と、子供が馬車に歩み寄ってきた。
 馬車を警護してきた騎士達が、下馬して恭しく二人を迎える。女性は白山羊の頭が三つついた杖、子供は捻じれた植物を意匠化した杖を持っていた。
 「おかえりなさい。おなかすいたでしょうけど、先に検査があるから、少しの間辛抱して頂戴ね」
 女性が、流暢な日之本語で言って微笑む。政晶の高祖母、三つ首山羊の王女殿下だ。政晶はあれから一度、食堂に入って肖像画を確認している。今、目の前に居る高祖母は、肖像画と寸分違わぬ若さを保っていた。サインには百年近く前の日付が入っていた筈だが、高祖母は、父よりも年下に見える。長命人種にとって、百年の歳月は瞬く間の事なのか。
 三人と一匹が馬車を降りると、三つ首山羊の王女殿下は、改めて挨拶した。
 「初めまして。坊や、高祖母ちゃんよ。お父さんの小さい頃そっくりね。かわいいわ」
 「初めまして。ま……」
 政晶は名乗りかけて、続きを呑みこんだ。
 杖を持った子供が、政晶には全くわからない言語で何か言った。黒山羊の殿下が二言三言答え、双羽隊長がそれに何事か付け加える。
 「国王陛下と大臣達が中庭でお待ちです。到着早々でお疲れでしょうが、お越し下さい、と鍵の番人がおっしゃった事に対し、黒山羊の殿下が、大丈夫だよ。本人には馬車で伝えてあるから、とお答えになられました。【鍵の番人】はこのお方の称号です。隊長は、あなた様の健康状態が良好である旨、報告しました」
 大使が小声で訳す。政晶は黙って頷いた。掌に、暑さとは違う汗が滲む。
 大扉が開けられ、政晶達は城内に通された。分厚い石壁の内部はひんやりとして、たちまち汗が引く。足音と、三本の杖が床を打つ音が高い天井に反響した。すれ違う文官や武官が廊下の端に寄り、恭しく頭を垂れる。政晶は無意識に叔父のマントの端を握っていた。
 中庭は砦の中央に設けられていた。
 石畳が敷き詰められた足下に、巨大な魔法陣が描かれている。突き当り左右の隅に、二十階建て相当の塔が聳え、その中間に花壇に囲まれた石碑が建っていた。
 東側の塔の前、城の影の中に人が集まっている。杖を持った子供……大使に「鍵の番人」と呼ばれていた者が、声を掛けた。
 人垣が割れ、王冠を戴く壮年の男性と、王妃らしき女性が歩み出た。人々が列を正す。
 塔の前には天幕と、等身大の姿見が置かれていた。
 国王が満面の笑みで、久方振りに会う玄孫を抱きしめ、何か言う。黒山羊の王子も笑顔でそれに応えた。王の抱擁から解放されると、王妃とも和やかに言葉を交わす。
 黒山羊の王子が掌で政晶を示し、国王夫妻と居並ぶ家臣に紹介した。国王が歩み寄り、政晶の頭を撫でながら何か言っている。一歩退いた位置に控える大使を振り返ると、小声で訳してくれた。
 「ムルティフローラにようこそ、坊や。元気そうな子で安心した。父親の幼い頃に瓜二つだな。あの子が戻ってきたのかと思ったぞ、とおっしゃっています」
 「は……初めまして。王様」
 政晶は緊張に震える声で、何とかそれだけ言った。
 国王夫妻と、娘である三つ首山羊の王女は、よく似ていた。三人とも蜂蜜色の髪で、深い湖のような瞳をしている。黒山羊の王子と四人で並ぶと、全員がどこかしら似ていて、誰にでもよくわかる「身内の顔」だった。
 つまり、政晶もこの「身内の顔」の一員なのだ。

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