■野茨の血族-10.出発 (2014年12月10日UP)

 八月一日午前一時。いつもならとっくに眠っている時間。
 時差があるから昼寝しておくように、と言われていたが、赤穂に手伝って貰っても宿題が終わらず、結局、ギリギリまで全力で机に向かっていた為、眠くてたまらなかった。
 今朝早く、父に「これ、俺のおさがり」とだけ言われて、民族衣装を渡された。
 綿麻の貫頭衣(チュニック)と、長袖の上着とズボンと布の帯。
 生成りの生地に緑色の糸で、複雑な紋様が刺繍されていた。上着の胸元、裾の四隅と両袖に、小さなサファイアが縫い付けられ、ズボンも腰の左右と裾に同様の物がある。
 帯は服と同じ、文字とも紋様ともつかない物が織り込まれ、端には親指の爪程もあるサファイアが淡く輝いていた。
 政晶は、友田が持っていた銀の腕輪を思い出した。身に着けると少女型のゴーレムが出てくる魔法の腕環だ。
 恐る恐る、深夜の自室で父のお下がりに着替えた。
 刺繍がごわごわして、あまり着心地はよくないが、特に何も起こらなかった。拍子抜けすると同時にホッとする。
 父が子供の頃、ムルティフローラで貰ったと言う皮袋に、手帳と筆記具とタオル、お守りを入れた。
 お守りは、家に来て宿題を手伝ってくれた赤穂が、一昨日の帰りにくれたものだ。友田にメールで作り方を教わって、手作りしたと言っていた。小さな布袋に赤い糸で複雑な刺繍が施され、袋の口は縫い付けられている。渡された時、「但し、絶対に開けないように」と珍しく赤穂に恐い顔をされたので、袋の中身は謎だ。
 政晶が仕度を終えるのを見計らったように、扉が叩かれた。
 ギョッとして目を遣る。再びノックされ、無言で開けると、執事の形をした化け猫の使い魔が立っていた。
 「履物はこちらになります」
 使い魔は、足首まである革靴を持ち、政晶の返事も待たずに廊下の扉を開けた。バルコニーから中庭に降り、近道して玄関ホールに入る。使い魔は左の扉を開け、政晶を応接間の隣室に案内した。
 ここも初めての場所だ。
 広々とした空間の入口に玄関マットが敷いてあるだけで、他には何もない。窓は閉め切られ、鎧戸が下りていた。部屋の中央、天井付近にぼんやりした灯が浮いている。
 黒山羊の王子殿下と双羽小隊長、外交官が部屋の中央で待っていた。看護師の月見山は、夏季休暇で昨日から留守だが、父と経済は既に寝ているのか、いなかった。
 黒山羊の殿下は、深緑色の民族衣装の上からマントを羽織り、鍔広のとんがり帽子と、黒山羊の杖を手にしている。絵本に出てくる魔法使いそのままの恰好だ。
 深い緑色の生地に金糸と黒糸で刺繍が施された民族衣装。肩とマントの背、帽子には王家の紋章と、黒山羊も刺繍されていた。
 双羽小隊長も、生成りの生地に赤で隙間なく刺繍された民族衣装を纏っている。右襟に二枚羽の家紋、左襟に騎士団の紋章が縫い取りしてある。その上から家紋と騎士団の紋章入りのマントを羽織っていた。外交官は以前と同じ服装だ。
 使い魔が戸口に靴を置いた。
 「忘れ物はないね? そこで靴を履いて入ってきて。クロ、おいで。だっこしよう」
 黒猫になった執事が尻尾をピンと立て、いそいそと主人に駆け寄る。政晶は靴を履き、部屋に足を踏み入れた。
 足下に目を向けると、床全体に巨大な魔法陣が描かれていた。
 えっ……何これ? ひょっとして、交通手段、飛行機やのうて、魔法なん? 
 「もう行くけど、トイレは大丈夫?」
 宗教は、幼児に言うような調子で政晶に尋ねた。政晶は頷くと、魔法陣の線を踏まないよう、慎重に部屋の中央に歩を進めた。
 黒山羊の殿下が呪文を唱える。政晶は思わず目を閉じ、背負い袋を抱きしめた。
 「着いたよ」

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