■野茨の血族-18.練習 (2014年12月10日UP)

 王城一階の練技場。
 石造りの室内で、騎士や見習い達が、剣技の訓練に励んでいる。窓は大きく、風通しもいいが、いずれも汗だくだ。四人が入ると一斉に訓練を中断し、跪いた。
 「あーどうもどうも、ご苦労さん。ちょっと練習するんで、隅っこ貸して下さいね」
 凍てつく炎が、片手を軽く上げて言うと、騎士達が顔を上げた。
 えっ? あれっ? コトバ……
 〈我が汝の耳で聞いて居るからな。皆の言葉は伝えてやるぞ〉
 政晶は喜んだのも束の間、建国王が続けた言葉に落胆する。
 〈だが、マサアキの言葉は、汝自身の口で伝えねばならん。我にはもう口がない故な〉
 建国王の声は、剣を佩(は)く政晶にのみ聞こえるのだ。後の三人はそれを知っているからか、政晶への通訳をやめていた。
 「じゃ、私は引き上げるから、後ヨロシク」
 凍てつく炎は軽く言って鍵の番人の頭を撫で、練技場を後にした。
 〈形(なり)は幼いままだが、あの者も、二千年以上前からこの地に留まっておるぞ〉
 建国王が鍵の番人について言うと、政晶は思考が停止した。
 どう見ても小学一年生くらいの男の子だ。黒髪に青い瞳、幼い体に不釣り合いな長い杖を手にしている。
 後を任された鍵の番人が、政晶に向き直った。
 「剣の持ち方は、小隊長に教わって下さい。もし怪我をしたら、私におっしゃって下さい。みんなー、暫くここに居るから、みんなも怪我したら言ってねー」
 後半は畏まっている騎士達に向けられた。
 再び練技場の空気が動きだし、訓練が再開される。
 早速、指導が始まった。双羽隊長が政晶の傍らに立ち、剣の持ち方を説明する。
 「このように両手を……」
 〈トモエマサアキ、左手を上げよ〉
 建国王の言葉と同時に左腕が動いた。政晶の意思とは無関係に双羽隊長のふっくらした胸を鷲攫みにする。気がついた時には、掌の中に固い刺繍越しのやわらかな感触があった。
 次の瞬間、政晶は剣を握った右手首を捻じり上げられていた。
 「いでででででで……! すんません! ホンマすんません!」
 「建国王に名を知られてしまったのですね?」
 政晶が剣を取り落とすと、隊長は冷静に言った。何事かと周囲の視線が集まる。
 「えっと……あの……すんません……」
 「知られてしまったものは、仕方がありません」
 隊長が床に落ちた建国王の剣を見降ろし、湖北語で更に何か言うと、鍵の番人が杖で剣を小突きながら、吐き捨てるように何か言った。
 見習い達は政晶同様、何が起こったのかわからず、キョトンとしている。年嵩の騎士が小声で説明すると、見習い達の目は、残念なモノを見る目に変わった。明らかに失望や軽蔑の色を浮かべる者もいる。
 双羽隊長の指示で、女性が政晶達から離れ、代わりに男性は距離を詰めた。室内の男女がきっちり分かれると、隊長も政晶から離れながら言った。
 「剣を拾って下さい。以降の説明はこの者、黒山羊の殿下に【三枝(さえぐさ)】と呼ばれる者が致します。通訳は引き続き私が行います」
 「あの……ホンマ、すんません」
 「あなた様に対しては、怒ってなどいませんよ。先程の行いが、あなた様のご意思でない事も、よ〜っく存じております」
 双羽隊長は、床に落ちた建国王の剣に冷たい視線を向けている。
 馬車の真横を警護していた黒髪の騎士が歩み寄り、身振りで剣を拾うよう促した。三枝の家紋は三本の枝だ。
 政晶は緊張と困惑にギクシャクする動作で剣を拾い上げた。
 「何度も言わせるな! 大体、体もない癖にどうしてそう、女に見境ないんだ!」
 建国王の剣に手を触れた途端、鍵の番人が罵っている事がわかった。武器庫での態度とは打って変わって、建国王に辛辣な言葉を投げつけている。
 「さっきは坊やの手前、礼を尽くしたが、もうやめだ! この助平ジジイ!」
 〈マサアキ、鍵の番人はちびっ子だから、男の浪漫と言う物がわからんのだ。汝ならばわかるだろう? 先程の……〉
 「いっいいえッ! わかりません! 僕もまだ子供やし、なんにもわかりません!」
 漸く事態を理解した政晶は、手にした剣に向かって叫んだ。ここで同意を示そうものなら、建国王のセクハラ行為の実行犯にされてしまう。
 建国王の残念な一面を知る古参の家臣はともかく、事情を知らない者には、政晶自身が自らの意思で痴漢行為を働いたとしか見えないのだ。
 「あなた様が選ばれたのは、正にその為です。本来ならば、王家の血族全員に資格があるのですが、その剣を女性に触らせる訳には参りませんし、大人の男性ですと、それなりに権力をお持ちですので、建国王陛下とご一緒に、よからぬ事をなさる残念なお方も……」
 政晶の叫びを双羽隊長が訳し、鍵の番人が内情をぶっちゃけた。
 さっき、地下室で世界の運命懸っとうみたいな事言うとったのに、ホンマ大丈夫なんか? この人……
 何はともあれ、一同気を取り直し、訓練が再開された。
 政晶は三枝の指示に従い、鞘を払って左手に持ち、輝く抜き身を構えた。
 建国王の大雑把な説明で動く政晶に、三枝が補足する。
 剣を振り抜く際の体重の移動、重心の置き方。建国王が示す遠くの瘴気の捉え方。剣を握っていれば、湖北語がわかるので、三枝のわかりやすい説明は、大いに助かった。
 陸上部だった政晶は、体力には少し自信があったが、慣れない動きのせいか、すぐに息が上がってしまった。長袖の衣服が汗で体に貼り付く。額から滴る汗が床を濡らした。
 「少し休みましょう」
 三枝が、剣を鞘に納める手振りを交えながら言った。政晶は頷いて剣を仕舞うと、その場に座り込んだ。
 建国王が〈男の指導なぞ、つまらん。さっさと終わらせるのだ〉等と言いながら、政晶の体を強引に動かしたせいもあった。
 暑いねんけど、半袖に着替えさしてもらわれへんのやろか……
 〈聞いておらぬのか? それは汝を守る鎧であるぞ〉
 建国王が説明する。
 隙間なく施された刺繍は呪文で、魔除けや緩衝、防寒、耐熱等の効果を持っている。
 耐熱……? 暑いねんけど……? 
 政晶が訝しげに問うと、建国王は当然だ、と反論した。
 〈効力を発揮するには、魔力が必要だ。汝のように力を持たぬ者も守られるよう、それにはサファイアが縫いこんであろう?〉
 水晶やサファイアには、魔力を蓄積する性質がある。
 この衣服のように特殊な加工を施す事で、その魔力を引き出し、特定の目的の為に使用する事が出来るのだ。政晶の服には、魔力の残量がないらしい。
 え……どなしたらえぇの……? 
 〈汝の叔父にでも力を借りる事だな〉
 その日の夕飯は、疲労と時差ボケで半分寝ながら口に入れた。政晶は、宗教の私室で女官に体を洗われるなり、寝台に倒れ込んだ。
 終業式の帰り、赤穂委員長に、日記を付けてムルティフローラの様子を伝えると約束したのだが、腕を上げる事もままならない。
 すまん、委員長……明日まとめて書くから……
 政晶は泥のように深い眠りに落ちて行った。

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