■野茨の血族-32.お守り （2014年12月10日ＵＰ）
目を遣ると、そこだけドブ水が避けている。友田と赤穂合作のお守り袋だ。
そうや、赤穂君……転校してもたけど、友田君も、折角友達になったんや。帰って、ムルティフローラの話するって、メールするって約束したんやった。
心がこの世に繋ぎ留められる。
赤穂君も友田君も、僕に魔力がのうても笑ろたり、バカにしたりせんかった。ムルティフローラ王家の徽があるのに魔力がない、能無しって笑わんかった。僕が死んだら、赤穂君達が悲しむ。
誰もがタダの子供の政晶を必要としていない。
母は、政晶をこの世に置き去りにして逝った。
誰もがお前の望みに応じず、満たす事はない。
父は、政晶を家に置き去りにして仕事に行く。
誰もがお前の求めに応じず、助ける事もない。
国は、政晶を利用して捨て去ろうとしている。
誰もがお前を認めず顧みず、気にも掛けない。
この世の全てが拒むなら、自らも拒めばよい。
誰も望まない呪われた子供が生きて何とする。
無様に生き恥を晒すなら、全ての滅びを望め。
ドブ水が、政晶の心に染み込んでくる。この世ならぬ穢れが政晶を嘲う。嘲笑の漣が、祭壇の広場いっぱいに満ちている。
こいつらが三界の魔物になって暴れたら、赤穂君達がやられてまう。あかん……それは絶対あかん！
「魔の目貫け、慧し剣、儺やらい、魔滅せ。日々に降り積み心に澱む塵芥、洗い清めよ、祓い清めよ」
この世の全てが拒むなら、自らも拒めばよい。
誰も望まない呪われた子供が生きて何とする。
無様に生き恥を晒すなら、全ての滅びを望め。
この世ならぬ穢れが政晶を嘲う。それでも政晶は、無心に呪文を唱える。力を持たずとも、この呪文だけが政晶と建国王を繋ぐ標(しるべ)だと信じ、ひたすら詠じる。
「視界の外なる焔光陽炎纏い、慧し剣、儺やらい、穢れ討ち、外なる碍(がい)断て、慧し剣。魔の目貫け、慧し剣、儺やらい、魔滅せ」
誰も望まないタダの子供を何故、産んだのか。
誰もがタダの子供の政晶を必要としていない。
誰もがお前を認めず顧みず、気にも掛けない。
そんな事ない！ 母さんは、自分が入院しとっても僕の事心配しとった！ 僕は母さんを心配させたなかったから、何も言えんかった、言わんかっただけや！
「射交矢(いくさ)、祝的(しゅうてき)し、祓えども心許すな、三界の魔誘(いざな)う深淵の螺旋、我欲の沼を出で祓い清めよ」
誰もがお前を認めず顧みず、気にも掛けない。
誰もがお前の望みに応じず、満たす事はない。
誰もがお前の求めに応じず、助ける事もない。
そんな事ない！ 父さんは、仕事で大変やから、心配させたなかったんや！ そやから、僕が、自分で言わんかっただけや！ 言うたら、父さん、一カ月も仕事ほっぽり出して、僕と母さんの傍に、ずっとおったやんか！
「薙ぎ祓え、祓い清めよ、破魔(はま)の剣(つるぎ)、日の箭霊(さち)呼び、弓弦(ゆづる)鳴らせ」
左腰のお守りを掴み、右手をドブ水に突っ込む。屈んで呪文を唱える政晶の口の中に、人々の心の穢れと瘴気のドブ水が、蠢き這い入る。味も臭いもない不定形の闇が、呪文に掃き出されては、這い入ろうと蠢く。
誰もがお前の望みに応じず、満たす事はない。
呪われた自らも、この世の全てを拒めばよい。
誰もがお前の望みに応じず、満たす事はない。
自らも、この世の全てを拒絶し、呪えばよい。
誰もがお前の望みに応じず、満たす事はない。
そんな事ない！ 父さんも母さんも大変やったから、僕はえぇ子にしとかなあかんかっただけや！ 親が大変な時に我(わ)が儘(まま)言うたら、ホンマに要(い)らん子になってまう思(おも)て、何も言えんかった！ 僕が！ 自分で！ 言わんかっただけや！ 黙っとったら、親でもどなして欲しいか、わからんわ！
「巡り繰(く)る因果の糸のその先に警(いまし)めて戒(いまし)めに忌(い)まし魔を縛(いまし)めよ」
その言葉を唱えた瞬間、政晶の意識に光が差した。
そうや！ こいつら、王様の剣がおらんかったら、視えへんねや！
「破魔の剣、日輪(ひのわ)翳(かげ)らす雲を薙ぎ、月を翳らす靄を祓え」
呪文を唱えながら自分の体に意識を巡らせる。ドブ水に覆われ心に痛みは感じるが、鎧に守られた肉体は無事だ。この世ならぬ闇は、政晶の中に入り込む事ができずにいた。
「日の箭霊(さち)呼び、弦(つる)打ち残心(ざんしん)せよ」
誰もがお前を認めず顧みず、気にも掛けない。
この世の全てが拒むなら、自らも拒めばよい。
誰もがお前の望みに応じず、満たす事はない。
さっきからやかましいわ！ それしか言われへんのか！ 僕は言うたらあかんから、何も言わへんかっただけや！ 黙っとったら、親でも気持ちなんか伝わる訳ないやろ！
「薙ぎ祓え、祓い清めよ、破魔の剣、日の箭霊呼び、弓弦鳴らせ」
気魄を込めて呪文を唱える。政晶と建国王の剣の間に穢れと瘴気のドブ水が蠢き、二人を隔てていた。お守りを握りしめ、意識を集中する。
