■野茨の血族-05.フリマ (2014年12月10日UP)

 四月の第三日曜日。
 父は取引先の呼び出しで、朝から慌ただしく出て行った。
 今日は区民まつりに連れて行かれる筈だった。予定が流れ、政晶がホッとしたのも束の間、父に頼まれたのか、経済に連れ出された。
 「ずっと家に籠ってると、あまり良くないからね」
 父の代わりに休日を潰してくれる叔父の厚意を無碍にはできない。それでも、外出が嬉しくなる訳ではなかった。政晶は、ただ、叔父に言われるままついて行く。
 執事が玄関の掃除をしていた。
 ポテ子は犬舎の奥でうずくまっている。よく見ると尻尾を足の間に入れて震えていた。
 「ポテ子、いい子でお留守番するんだぞ」
 経済が声を掛けると、キューン、と救いを求めるような情けない声が返ってきた。
 「ポテ子、具合でも悪いんですか?」
 「いや? ……あぁ、黒江を恐がってるんだよ」
 「私は何もしませんのにね。勝手に恐れているのですよ」
 執事の声に、ポテ子が巨体をびくりと震わせ、犬舎の奥で更に縮こまった。
 政晶は、ポテ子が考える家族の順位が、何となくわかった。
 一番偉い人は散歩させてくれる父。執事を別格で恐れている。その執事より偉い人が宗教。宗教の次が、何となく恐い双羽。経済は五番。看護師の月見山は六番。
 メイドのクロエと、猫のクロをどう思っているのか、まだ分からないが、政晶はポテ子より下に見られているらしかった。
 父が毎朝、ポテ子の前で殊更に政晶を可愛がって見せ、家族の一員だと教え込んでいる。最近、漸く吠えられなくなったが、政晶はまだ、ポテ子が恐かった。
 どういう契約なのか、執事は父にも経済にも素っ気なかった。今も出掛ける二人に「いってらっしゃい」の一言もない。
 普通、知り合いやったら、声のひとつも掛けるやろ……何や知らんけど、気色悪いおっさんやなぁ……
 政晶は、経済の後について歩きながら、何度目かの質問を飲み込んだ。
 叔父は足を緩めて政晶に合わせると、道々、区民まつりの説明をした。ステージとフリーマーケット。何て事ない小さな催しだ。会場は、お屋敷街の南にある瀬戸川公園。
 空は晴れ渡り、少し歩いただけでうっすら汗ばむ程の陽気。
 公園には、軽快な流行曲と呼びこみの声と、まつりを楽しむ人の声が満ちていた。
 ステージ前は、家族連れ等で埋め尽くされ、駆け出しの歌手が笑顔を振りまきながら、恋の切なさを歌っている。
 二人は足を止め、一曲聴いて、フリマのエリアに向かった。
 一般家庭の不用品を持ち込んだブースが連なる。ピクニックシートの上に服、本、ベビー用品、玩具、引出物や粗品の食器やタオル等が、所狭しと並んでいた。
 政晶は、父から小遣いとして二千円渡されていたが、特に欲しい物がある訳ではない。何となく、足を向けただけだ。
 食べ物の屋台の区画に行き当たったが、何も買わずに通過した。
 帝都でも、商都と似たり寄ったりの屋台ばかり。どこも順番待ちの長い列ができていた。そこを抜けると、業者のブースが並ぶ区画に出た。
 こちらは素人区画よりも混雑している。
 経済が人にぶつかった。衝突した二人が同時に謝る。
 「あ……友田君……」
 顔を上げたその人は、友田だった。目立たない地味な私服で、完全に人混みに溶け込んでいる。経済は、顔だけ政晶に向けて聞いた。
 「ん? 政晶君のお友達?」
 「同じクラス。掃除の班が一緒の友田君」
 空気のような級友でも、学校の外で会うと何となく緊張する。
 経済はにこやかに友田の方を向いて何か言いかけ、固まった。
 そら、友達やないて思うわな。実際、一番接点あるのに全然喋ってへんし。
 「……仲良くしてあげてね」
 気を取り直したように、経済は落ちついた声で言った。現状、仲良くないと判断すれば、そう言わざるを得ない。友田は黙って頷いた。政晶は叔父の陰に隠れた。
 「よかったらうちでお茶でもどう?」
 「えっ? いえいえいえいえ、そんな、ご迷惑になりますし……」
 友田は胸の前で両手を振り、全力で断った。
 なんで誘うん? おっちゃん、友田君、別に友達ちゃうのに。
 「おうちの人と一緒に来てるの?」
 「あ、いえ、一人です。今日はみんな出掛けてて、夜まで俺一人なんで……」
 友田が正直に答えた。
 イヤやったら、適当に用事言うて、逃げたらえぇのに。要領悪い正直もんやな。
 「よかったらうちで一緒に食べない? この子は遠くから引っ越して来たばかりで心細いから、色々教えて貰えるとありがたいんだけど……」
 政晶は経済の陰で表情を失くし、固唾を呑んで、友田の出方を見守った。
 「いえいえ、そんな、他所(よそ)んちでお昼ご飯なんて厚かましい……」
 友田が首を横に振って断る。
 そや、頑張れ! 友田君! よう知らん奴の家でいきなり一緒にご飯とかないわなぁ!
 「今日、この子の父親は急に仕事が入って一人分余ってるんだ」
 驚いて二人を見比べる友田に、父と同じ顔に眼鏡を掛けた叔父が、笑いながら説明した。
 「私はこの子の叔父なんだ。うちは全然迷惑じゃないから、遠慮しなくていいよ」
 おっちゃん、どんだけ友田君にハンバーグ食べさしたいんや?! 冷凍したらえぇやん。
 友田は経済の押しに負け、招待に応じた。

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