■野茨の血族-36.三つ子 (2014年12月10日UP)

 「クロエさんって、いつからおっちゃんに飼われとん?」
 「私はご主人様のペットではありません。ご主人様のお役に立つ下僕です」
 侍女の形をした使い魔が、憮然として言い返す。この魔法生物は、猫ではないのだ。
 「えーっと、なんやようわからんけど、ごめん。いつから家におるん?」
 「ご主人様が御歳(おんとし)七つの時よりお仕えしております」
 おっちゃん、小一ん時(とっ)から魔法使いなんや……!
 政晶は驚いたが、その件には触れず、別の疑問を口にする。
 「おっちゃんら兄弟の親……僕の祖父ちゃんと祖母ちゃんって、どんな人やったん?」
 「父上は、存じません」
 「えっ?」
 「ご主人様は、父上とは一度もお会いした事がございません」
 使い魔が耳にした会話の断片から、政治(まさはる)と経済(つねずみ)が何度か父を目撃した事は、知っている。三つ子の父は家庭を顧みず、早朝から深夜まで働いていた。
 父は宗教(むねのり)の入院中、一度も見舞いに訪れず、退院後も宗教の部屋には入らなかった。三つ子の学校行事には、一度も参加しなかった。そして、小学六年生の春休みに亡くなった。
 常に宗教の傍に居た為、使い魔も主(あるじ)の父を見た事がない。
 生活の時間帯が合わない父は、宗教と一度も顔を会わせる事なく、出張に向かう旅客機の墜落事故で亡くなった。遺体は回収不能で、墓には何も入っていない。
 父の死で初めて、本国にも大使館にも、三つ子の存在が知らされていなかった事がわかった。大使が、事故を報じる新聞で父の写真を見つけ、巴家に確認した事で発覚した。
 「緑のおっちゃん、暢気やなぁ……そしたら、祖母ちゃんは?」
 「あの女は、ご主人様の敵です」
 使い魔は、忌々しげに吐き捨てた。
 母は、父とは違う理由で宗教の見舞いをしなかった。出産直後に「双子の育児だけでも大変なの」と世話を放棄し、「こんな化け物要らない」と拒絶した。化け物呼ばわりの理由は不明だ。宗教の退院後、祖父が住み込みの看護師を雇い、世話を任せた。
 契約直後の使い魔は、タダの猫のフリをするよう命じられた為、何もできなかった。
 霊視力を持つ経済は幼少の頃、「お化けがいる」と恐がっては、母に「気持ち悪い事言わないの!」と殴られていた。
 母は、半視力で健康な政治だけを異常に可愛がり、何かにつけて兄弟二人と差をつけた。政治はそれを煙たがり、部屋に籠って母を避けていた。
 どないしよ……もっと恐い話やった……でも……
 気になるので、クロエの話を遮らず、続きに耳を傾ける。
 「丁度、今頃の季節でした」
 クロエが宗教の使い魔になった数カ月後。
 母は、看護師の不在を狙って点滴を外し、宗教を殺そうとした。それを阻止しようとした幼い経済を「これは化け物なの! あんたも同類だから庇うの?!」と、点滴の支柱で殴った。その傷が元で、経済は肉眼の視力が著しく衰えた。
 部屋に戻った看護師が二人を庇い、暴れる実母から生命を守った。その後は、看護師と当時居た住み込みの家政婦と祖父の三人が、交替で宗教の部屋に詰め、実母の手から守った。宗教の部屋の簡易ベッドは、母の死後も当時のまま置いてある。
 キツそうなおばちゃんや思(おも)とったけど、看護師さん、めっちゃえぇ人やん……
 三つ子が八歳の秋、身重の母は交通事故で亡くなった。
 事故当日の朝、宗教は「お母さん、今日、死んでいなくなるんだよ」と口を滑らせた。三界の眼は、人の寿命の残りを測る事もできる。範囲は能力の強弱に拠るが、宗教は残り十年以内なら日付まで正確にわかった。入院中は他の病児の死期を言い当て、看護師らにそんな事を言わないよう、窘められていた。実家で油断したのか、余程嬉しかったのか、経済と話している所を母に聞かれてしまった。
 「この化け物! またそんな事言って! お母さんには、まだまだやる事がたくさんあるの! 赤ちゃんがいるから死ねないの! お前が代わりに死んで親孝行なさい!」
 宗教の腕を?んで家から引きずり出し、その日の予定通り、駅前の美容院に向かった。救助の命令を与えられなかった使い魔は、黒猫の姿で主を追った。
 母は信号を渡りながら「この愚図! さっさと歩きなさい!」と、宗教の腕を強く引いた。母の歩く速度について行けず、宗教は転倒した。そこに、居眠り運転のトラックが突っ込み、避ける間もなく数人が薙ぎ倒された。トラックは、母を数十メートル引きずって街灯に衝突し、大破した。
 トラックと接触する前に転倒し、母の手から離れていた宗教は、擦り傷で済んだ。
 「ご命令下されば、私が、この手で、あの女を八つ裂きにしましたのにね」
 クロエは怒りに身を震わせ、悔しげに締めくくった。
 政晶は、恐怖に身を震わせ、形式的に礼を述べて使い魔との会話を打ち切った。

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