■野茨の血族-39.野茨の血族 (2014年12月10日UP)

 〈汝はここ百年余りで一番の逸材であった。お陰で大いに楽をさせて貰ったぞ〉
 政晶の手の中で、建国王の剣が笑っている。
 数歩後ろで、凍てつく炎と鍵の番人、双羽隊長が跪いていた。二人の会話は、他の誰にも聞こえない。王家の武器庫は静かだった。
 〈他の子らは、ドブに気合負けしてな、我が無理に体を動かし、祭壇の広場の外に連れ出してやらねばならなかった。そうして何度もやり直し、一日では済まぬ者が大半だ〉
 他人の闇に触れ、自分の闇と向き合い、戦う。
 建国王は、失敗しても決して叱らず、急かさず、何度でも挑戦させた。出来の悪い子孫に苦笑しつつも、温かく見守ってきたのだ。
 政晶は昨日の晩餐会で、近くの席の親戚達が、謀反の罪で大臣が二人捕えられた、と小声で話すのを耳にした。連絡役と実行犯から引き出した情報による捕縛らしい。
 あの近衛騎士のように、強い思いを具現化させていた訳ではない。
 国を憂える事と、政晶達を憎む事を混同していたのか、自分達の不安を王家の血統を維持する事で紛らわそうとしていたのか。理由は定かでなかった。
 彼らの処遇は、まだ決まっていない。
 間もなくこの国を去るタダの子供の政晶は、その話に深入りする事は出来なかった。
 片付けが済んだとはいえ、流石にその夜は、襲撃現場である黒山羊の王子の私室に泊まれとは、言われなかった。叔父と共に、別室に通された。
 叔父も疲れていたのか、政晶より先に寝息を立て始めた。政晶は、叔父のぬくもりと枕元の使い魔の気配に安心し、夢も見ずに眠った。
 晩餐会の後も建国王の剣は政晶の傍にあり、今朝、王家の武器庫に戻される事になった。
 〈マサアキ、これでお別れだ。二度と会う事はないが、我は汝を忘れぬ。我が我である限り憶え、遠くからではあるが、見守っておるぞ〉
 僕も王様の事、忘れへん……って言うか、この痣がある限り、忘れられへんわ。
 〈身体を愛えよ。達者でな〉
 最後に柄を強く握る。柄頭の涙が、名残を惜しむように若葉色に輝いた。建国王と共に歩んだ短い旅の思い出が、胸の中に浮かんでは消える。政晶は声にならない声で「有難う」と呟き、建国王の剣を棚に安置した。
 扉を閉め、振り返る。
 三人は立ち上がり、恭しく礼を述べた。
 双羽隊長が、導師達の湖北語を訳す。
 「遠路遥々御足労戴き、有難うございました。また、見事に舞い手の大役を果たされましたお陰様を持ちまして、この国も今後暫くは安全が保たれます。全ての民に代わりまして、厚く御礼申し上げます」
 「あなた様は、誰に何と言われようと、このムルティフローラ王家……野茨の血族であらせられます。誇りをお持ち下さい」
 鍵の番人に畏まった態度で言われ、政晶は思い出した。
 そない言うたら、僕……血液型、母さんと一緒やったわ……

 王家の野茨が描かれた馬車を、双羽隊長率いる赤い盾小隊と〈雪〉達の隊が護衛する。民の歓呼の声に送られ、政晶達の馬車は王都を後にした。
 護衛達が馬を降り、政晶達を馬車から降ろす。
 政晶、叔父、クロ、双羽隊長の四人が、城門前の石造りの小屋に入った。
 護衛達が扉の前で、名残を惜しんで別れの言葉を述べる。政晶には、湖北語がわからない。それでも、彼らの気持ちに胸が詰まった。
 政晶は、たどたどしい湖北語で何とか「みんな、ありがとう」とだけ言った。
 黒山羊の殿下が呪文を唱える。〈雪丸〉が手を振った。その目にうっすらと光るものが見えたのは、気のせいか、それとも……

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