■野茨の血族-37.疲れ (2014年12月10日UP)

 政晶は謁見の間に通された。玉座の数歩手前で跪く。鍵の番人が傍らに立ち、儀式の首尾を報告した。王族や導師、居並ぶ重臣から感嘆の息が漏れる。
 国王は相好を崩して玉座を離れ、政晶の手を取り立ち上がらせた。
 「よく頑張ったな。ありがとう。ゆるりと休むがよい」
 黙って頷く政晶の頭を撫で、抱きしめる。家臣の拍手に紛れ、政晶にだけ聞こえるように囁いた。
 「危険な目に遭わせて申し訳ない。必ずや、無事に親元に帰す……済まない」
 ドブと戦わされた件なのか、暗殺の件なのかわからなかったが、政晶は微かに頷いた。
 政晶達が謁見の間を辞すると、報告の為に集められていた王族と導師も廊下に出た。
 〈久し振りの外だ。今日は夜まで汝と共に居たい〉
 政晶が建国王の言葉を伝える。クロエの通訳に、凍てつく炎が苦笑しつつ許可を出した。
 「武器庫にお戻り戴くのは、晩餐会の後で宜しかろう」
 昼食は身内だけの気楽な席だった。
 「坊や、よく頑張ったね。しっかりした大人の顔になって……山で随分、苦労があったのね。でも、ちゃんと乗り越えて無事に帰ってきてくれて、よかった。凄く頑張ったのね。坊やは偉い子よ。坊やの人生にこの先、何があるかわからないけれど、きっとここでの経験が糧になるからね。自分に自信を持って堂々と生きて行くのよ」
 叔父はまだ帰っておらず、隣に座った高祖母が、政晶の労を労い褒めちぎった。疲れ切っていた政晶は、高祖母の話も上の空だった。何を食べたのかも思い出せない。

 食後、叔父の私室に案内された。政晶の知らない近衛騎士が、廊下に二人、私室に一人、配されている。中の騎士が用を言いつけ、部屋付きの女官達は出て行った。
 使い魔は鍵の番人から特に指示を与えられず、政晶と共に黒山羊の王子の私室に置かれた。今は何をするでもなく、寝台の枕元で虚空を見詰めて佇んでいる。
 政晶は剣を帯び、靴も履いたまま寝台に倒れ込んだ。心身共に疲れ果て、目を開けていられないが、気持ちが昂ぶり眠れない。室内警護の騎士が、そっと布団を掛けてくれた。
 今日半日の激しくめまぐるしい出来事の断片が、取り留めもなく脳裡に次々と甦っては消えてゆく。
 祭壇の広場で、ドブに襲われた。
 母の声を思い出したせいか、心に触れたドブは、何度も政晶の名を呼んでいた。
 魔法陣から注がれる魔力で、生まれて初めて「魔法」を使った時の精神の高揚。赤穂のお守りに助けられ、建国王と共にドブと戦い、剣舞を納めて穢れを浄化した。
 王都の手前で、暗殺者に襲われた。
 捨て身の不意打ちのつもりだったのか、他に隙がなかったからなのか、杜撰な襲撃だった。護衛に返り討ちにされ、荷物扱いで運ばれる罪人。
 鍵の番人は、宿舎の管理者を「暗殺の連絡役だ」と言っていた。剣舞の直前、三界の眼の視界に入った管理者に、穢れはなかった。
 政晶は、祭壇の広場に到着した日に建国王が言った言葉を思い出した。
 良かれと思い、理想の実現の為には手段を選ばず、悪事を働く者も存在する……
 善意を以て為す悪事程、厄介な物はない……
 管理人のおっちゃん、真面目そうな普通の人やったのに、僕を要らん子や思(おも)て、真面目に殺す手伝いしとったんや……

 誰も望まないタダの子供を何故、産んだのか。
 誰もがタダの子供の政晶を必要としていない。
 誰も望まない呪われた子供が生きて何とする。

 ドブの囁きが心に甦る。
 僕が生まれたんは僕のせいちゃうのに、何で他所の人の都合で、呪われたり殺されたりせなあかんねん。子供産むんは、親の責任やんか。管理人のおっちゃんも、あのドブも、生まれた責任を子ぉになすりつけんな。ダボが。
 使い魔から、タダ事ではない家庭の事情を説明された。
 家庭の事情……友田君も、子供に変な名前付けたり、家の用事とか全然せぇへん「最悪な親」や言うとったけど……僕の祖母ちゃん、三つ子の兄弟やのに依怙贔屓して差ぁ付けたり、自分の子ぉやのに気色悪い言うてどつきまわしたり、体弱い子ぉやのに世話せんかったり……殺そうとしとったとか、「最悪」のレベルかっ飛ばし過ぎやろ……
 叔父の眼鏡の理由に心の芯が凍った。
 叔父が母の死を喜んだ胸の内に思いを馳せる。
 連想で母の病床を思い出し、涙が溢れそうになった。
 自分一人が母から大切にされて育った事に申し訳なくなる。
 父は、父親とは仕事をする者だと思って育ったのだ。
 父が、母に普通に扱われる自分を羨んでいる。
 父の行動理由に思い至り心が震えた。
 疲れ切っている筈なのに、目を閉じても眠れない。取り留めもなく考えを巡らせていると、すぐ傍で人の気配がした。寝台の隣に誰かが立っている。敷布団が勢いよく横に引かれた。政晶はその気配の反対側に、布団ごと転がり落ちる。剣の鍔が脇腹に食い込んだ。痛みに、これが現実だと思い知らされる。訳がわからないまま、立ち上がった。

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