■野茨の血族-12.不安 (2014年12月10日UP)

 黒山羊の王子殿下は、心なしか寂しげな顔で答えた。
 「多分、大丈夫だと思うけど、悪い事するような人が……全くいない訳じゃないからね。ここは魔法使いの国だから、名前を名乗る習慣はないんだ。名前を知られるのは、命を握られるのと同じ事なんだよ。だから、誰にも知られないようにするんだよ」
 「過去に、三つ首山羊の王女殿下が、魔力を持たない異国の男性とご結婚なさった事を快く思わない輩がいたのです。当時、国王陛下は開放政策を実施しておられました」
 大使が詳しい説明を始めた。
 血が濃くなり過ぎないよう、国際結婚が奨励され、手本として五人の王族が外国人と結婚した。他の四人は近隣にある同盟国の王族と縁組したが、三つ首山羊の王女は、国連で知り合った日之本帝国の一般人に嫁ぎ、ムルティフローラを離れた。
 元々、開放政策に反対していた一派が猛反発したが、中立派の提案により、子供が生まれるまで様子を見る事で、一旦は落ち着いた。やがて、二人の間に娘が生まれた。一人娘が十二歳になるのを待って、王族の能力検査が実施された。
 結果は惨憺たるものだった。
 右の塔の扉を開く事はできたが、塔内の扉は一枚も開けられなかったのだ。これは、王家の血を引きながら、魔力を持たない事を意味した。
 「えーっと……なんで?」
 「入口の扉は、王家のお血筋に反応して開きます。王家と無縁の者には、どんなに力があっても開ける事はできません。内部の扉は魔力に反応して開きます。上に行く程、開閉には強い魔力が必要で、全部で百枚あります。黒山羊の王子殿下は九十二枚開けられましたが、あなた様の父上と、もう一人の叔父上は、一枚も開けられませんでした」
 大使は、政晶が知りたいと思う事を先回りして説明した。
 心臓が弱い叔父は、国王が抱き上げて階段を昇り、扉だけを自分の手で開けた。三つ子の兄弟でも、魔力を持たない二人は、王族と認められなかった。そしてまた、多くの魔法文明国がそうであるように、魔力を持たない二人には、ムルティフローラの国籍を取得する事も出来なかった。
 王族である宗教一人が、十八歳で日之本帝国からムルティフローラ王国に国籍を移した。
 「えっ? そしたら、おっちゃん、外国人として日之本におるん? なんで……?」
 「体調の事とか色々あって、引越せないんだよ」
 魔法は「元に戻す」事で治療する為、強力な術を用いれば、即死でない限り、何事もなかったかのように完全に回復……復元する事が可能だ。それ故、先天的な病や障碍は、そもそも治療の対象にならない。
 一般的に多胎児は小さく生まれるが、この三つ子は、宗教だけが極端に小さかった。更に心臓や消化器等にも先天異常があり、何もしなければ、生後間もなく死亡する筈だった。しかし、日之本帝国の先端科学による治療で、一命を取り留めた。現在では、多少の支障はあるものの日常生活を送り、仕事もこなしている。
 「魔力をお持ちの黒山羊の殿下だけが、ご不自由なお体なのは、呪いが原因なのです」
 大使が固い表情で忌々しげに言った。
 開放政策の反対派は、王女の一人娘が魔力を持たない事を知ると、勢いを増した。それが広く王都に住む民の知るところとなると、更に数が膨れ上がり、政府はその不満と不安を抑えきれなくなった。
 国王は終に、鎖国に戻す事を宣言し、事態の収拾を図った。
 三つ首山羊の王女は離婚させられ、再び日之本帝国に行く事も許されなかった。検査を受けにきた一人娘は、たった一人で、父が待つ日之本帝国の家に帰された。
 反対派の中でも特に強硬な一派は、王女の一人娘を亡き者にせよと主張した。流石に罪もない少女の命を奪う案に同意は得られなかった。代わりに、子が産まれなくなる呪いを掛け、魔力を持たない王家の血族は、この子一代限りとして見守る事になった。
 「えっ……でも、僕ら……」
 「えぇ。お生まれになっていらっしゃいますね」
 一人娘は、呪いの件を知らされずに帰国した。成人後、日之本人の男性と結婚し、一男一女を儲け、三人目を懐妊中に亡くなった。
 この兄妹も検査の結果、魔力を持たない事がわかった。二人を更に詳しく調べたところ、魔力を持つ子が生まれない状態である事が判明した。
 担当者が娘を不憫に思った為か、曲がりなりにも王家の血族を呪う事を躊躇した為か、術の効きが甘かったらしい。
 霊視力を持つ兄は、結婚したものの、なかなか子宝に恵まれず、不妊治療の末に三つ子の男子を授かった。八年後、妻は妊娠中に交通事故で亡くなり、兄自身もその二年後に航空機事故で命を失った。
 半視力の妹は、魔力を持たない娘を三人、無事に出産し、いずれも健在だ。
 「はんしりょく……?」
 「通常は、物質と霊質の両方が見えます。霊質が視えない目を【半視力】と呼び、魔法文明圏では保護の対象となります」
 「科学文明の国では、半視力の人が多数派だから、視えないのが普通だけど、魔法の国では、視えないと色々困るからね」
 「僕、幽霊とか視えた事ないんですけど……」
 政晶は恐る恐る申告した。魔法使い二人は、当然のように頷いた。
 「君のお父さんも半視力だからね。きっとそうだと思ってたよ」
 「ご安心下さい。一時的に視力を付与(ふよ)する術がございますので、ご滞在中、差し障りありませんよう、手配致します」
 政晶は少し安心して窓の外を見た。政晶が生まれる遥か以前、二千年以上前から存在する古い街並みが、ゆっくりと流れて行く。
 道の両脇には、黒山羊の王子殿下の帰国を喜ぶ民が詰めかけていた。科学文明の国なら、ケータイや小型端末等で写真を撮るのだろうが、この国の民は、馬車の進路を妨げぬよう、道の端に寄って手を振り、声を掛け、その姿を目に焼き付けている。
 黒山羊の殿下の膝では、使い魔の黒猫が欠伸をしている。
 「魔力を持つ僕が生まれて、まだ生きてる事が気に入らない人達がいたんだけどね」
 叔父が、いつもと変わらない口調で、物騒な話を始めた。
 数年前、黒山羊の殿下は仕事帰りに拉致された。駐在武官と警察の協力で無事に保護され、主犯らは処刑された。それまでは大袈裟だと警護を断っていたが、警察と大使と駐在武官の双羽に強く説得され、事件後は常に双羽の警護を受けている。
 「君には大事な役目があるから、多分、人間に何かされる事はないと思うよ」
 それって「人間以外の何か」に、なんかされるん前提なん?
 危険情報に過敏になっている政晶が、叔父を見る。隣に座る大使が穏やかな声で言った。
 「山の祭壇までの道中、騎士隊が護衛致しますし、呪医も同行しますのでご安心下さい」
 うわぁ……そんなん「めっちゃ危ないです」言うとんと一緒やん。
 政晶は顔を強張らせたまま、二人を交互に見た。
 「我が国について、どの程度ご存知ですか?」
 「えっと、地理の教科書とかに載っとう事くらいしか……」
 ラキュス湖北地方に位置し、内陸の盆地で、寒暖の差が激しく、魔物が多く棲息している。プラティフィラ帝国の流れを汲む古い魔法王国で、周辺の同盟国を除いて、ほぼ国交はない。かつては国連に加盟していたが、現在は脱退している。
 同盟外の日之本帝国に大使館を置く理由は、今、わかった。
 緑のおっちゃん、うちと親戚の為だけに日之本におるんか……
 「左様でございますか。体力作りを兼ねて、徒歩でゆっくりと山への旅をお楽しみ下さい。今の時期は、夏のお花がきれいですよ」
 大使がお気楽な観光案内を口にする。
 山脈は、城壁の外側からでも、遥かに霞んで見えた。徒歩で何日かかるのか。夏休みが終わる迄に帰国できるのか。いや、それ以前に生きて帰る事ができるのか。何をどう安心すればいいのか不明な情報を与えられ、政晶は内心、穏やかでいられなかった。
 要するに、一応気ぃ付けとけ、言いたいねやろ。なんも心配いらんのやったら、別に言わんでもえぇやん。引き受けんかったらよかったゎ。
 苦い後悔が押し寄せる。

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