■野茨の血族-03.学校 (2014年12月10日UP)
印歴(いんれき)二二一三年四月。
帝都の中学に通う初日の朝、政晶は父から子供用の携帯電話を渡された。
電話帳には屋敷の固定電話と、父と叔父二人のケータイ、父の会社と中学校の代表番号、そして何故か「大使館」の電話番号が登録されている。
なんやこれ? どっかの店の名前? まさかホンマにどっかの国の……いや、ないない。ないわ。流石にそれはない。こないだ言うとった親戚のおばちゃんか誰かの店なんや。
母は毎朝バタバタ慌ただしく仕度していたが、この家の大人達はのんびりしている。政晶もある程度手伝いはしていたが、母はほぼ一人でこなしていた。ここでは、何も手伝わされない。
この家では、母のように「急ぎやなかったら晩にしてな」と断られる事はないだろう。それでも、政晶は質問を口に出せないまま、飲み込んだ。
学校が始まっても、状況は大して変わらなかった。
自己紹介の段階で案の定、珍獣扱いされた。
教壇の前に立った途端、教室の空気……特に女子の目の色が変わったのがわかった。それに対して男子が一瞬殺気立ったのも、ひしひしと肌で感じた。
政晶の中で暗い予想が駆け巡り、声が震えた。
「巴政晶(ともえ まさあき)です。春休みに商都から引越してきました。宜しくお願いします。それと、髪の色は生まれつきです」
深夜まで掛かって考えた言葉を訛らないよう、発音に細心の注意を払いながら発声する。ぼそぼそと滑舌が悪くなってしまったが、何とか言えた。
「ハーフじゃなくて十六分の一だけど、こんな色です。脱色とかはしてません」
僕は調子乗ってこんな色にしとんちゃう。これが地毛なんや。生まれつきなんや。
何とかそれだけ言うと席に戻った。
校内では、何処に行ってもじろじろと好奇の目で見られ、女子に根掘り葉掘り詮索された。返事は最低限に留め、訛が出ないよう、単語で話すことで切り抜けた。
始業式の翌日。
授業は午前中で終わり、後は清掃して帰るだけ。掃除の班は、男女三人ずつの計六人。今週は本校舎の東階段担当だった。
政晶は、ここでも女子三人から質問責めにされたが、黙々と掃除を続け、顔を上げる事なく足下のモップの動きを見ていた。
それでも女子達は、誕生日、血液型、好きな色……と、あれこれ質問を浴びせた。政晶は、当たり障りのない質問にだけ答え、そうでない質問は、曖昧な態度でやり過ごした。返事は勿論、単語だ。
「水捨ては重いから俺らが行く。女子はゴミ捨てに行ってくれ」
西代(にしだい)班長が返事も待たず、政晶の手を引いて手洗い場に向かった。友田(ともだ)がバケツを持って後を追う。
「あいつらしつこいよな。個人情報保護法とか知らねーのかよ」
バケツの中で雑巾を洗いながら、西代班長が言った。政晶は小さく頷いた。友田も頷いて同意を示した。
「巴さ、イヤだったらイヤって言えよ。一発ガツンと言ってやりゃ、あいつら黙るし」
陰で「サイテー」とか言われるやろけどな。でも、いっそ、その方がえぇかもな。
政晶は、雑巾を絞りながら黙って頷いた。
「お前、大人しいなぁ。言い難かったら俺が言ってやろうか? 班長として」
「……うー……ん……」
政晶は否定とも肯定ともつかない曖昧な声を出して雑巾を広げた。
厚意は嬉しいが、実行すれば、西代班長の立場が危うくなる事が目に見えている。政晶は態度を決め兼ねた。
西代班長が困った顔で友田を見る。友田は外国人のように肩を竦めてみせた。
みんなが転校生に飽きるまでの辛抱や。目立つような事はしたらあかん。部活も参加強制やないんやったら、いらんゎ。
西代班長等の一部例外を除いて、男子の態度は冷ややかだ。今はまだ、女子の目を気にして直接手出しはせず、様子見されている段階だが、「女子にちやほやされて調子に乗っている奴だ」と思われたが最後、集中砲火を浴びる。
政晶は毎朝、自分が入った瞬間、教室の空気が変わるのを感じていた。色めき立つ女子と、互いに牽制し合う男子の緊張感。
いたたまれなかったが、登校拒否になる訳にはいかない。
出席番号順で同じ班になった友田は、殆ど喋らない空気のような少年だった。
政晶のすぐ後ろの席で、自己紹介では「友田鯉澄(ともだりずむ)です」と、名前だけ言って席に戻った。
名前以外に変わった所はなく、黒髪で、日之本帝国人らしい平凡な容姿と、大人しい態度。教室の中で完全に存在感を消し去り、教員と委員長の赤穂(あこう)、西代班長以外からは「居ない者」として扱われている。
政晶は、友田が心底羨ましかった。
あぁやって、誰にも何も言われんと、そっとしといてもらえて、えぇなぁ……自分も変な目ぇで見られたり、特別扱いされん「空気」になりたいわ……
政晶は商都では陸上部に所属していたが、体育の時間は目立たないように、全力で頑張っているフリをして、手を抜いた。友田を基準に、平凡な成績を心掛けた。
既に外見で女子にちやほやされている上、運動もできる事が男子に知られると「調子に乗っている」の烙印を捺される。そして、確実にいじめられる。
それだけは、何としても避けたかった。