■野茨の血族-04.家の謎 (2014年12月10日UP)
共通語の授業では、教科担任に「見掛け倒しだな」と冗談交じりに笑われた。これは手を抜いた訳ではなく、本当に苦手で、どう頑張っても、成績は平均止まりだった。
高祖母ちゃんて、どこの国の人なんやろ……?
もう何度も繰り返した自問自答。家の誰かに聞けばすぐ教えてくれそうな気がしたが、聞けずにいた。
流石に魔女はネタやろけど、お姫様はホンマかも知れんな……
屋敷の広さを思い出す。
政晶は、まだ家全体を把握していなかった。自室、台所、風呂、トイレ、玄関、中庭。必要最低限の場所にしか行かないからだ。無駄に広いせいで、何もしなくても疲れた。
立派な洋館だ。
高祖父(こうそふ)がこの国の貴族で、先祖から受け継いだのかもしれないが、高祖母(こうそぼ)との結婚の為に建てられた新居かもしれない。或いは逆に、高祖母がお姫様だと言う事が、屋敷の広さから父が思いついた冗談なのかもしれない。
父以外の誰かに聞けば、すぐに真相がわかる筈だ。
初日は怒っていた経済も、政晶には優しかった。いや、明らかに気を遣っている。
初日に会ったもう一人……元町は父の会社の経理兼総務で、あの後すぐに帰った。
元町以外の七人、政晶を入れても八人しか住んでいない。
商都のマンションは2LDKだった。母は仕事で疲れていたからか、「掃除が面倒臭いから広い家はイヤや」と言っていた。
この家では、自室の掃除は各自でする事になっている。それ以外の場所は、メイドのクロエが一人で掃除しているようだ。
政晶の部屋は家具が少なく、すぐに済む。二、三日に一回は掃除するが、板の間はちょっとした埃や抜け毛がよく目立った。
授業中も家の謎に想いを巡らせ、勉強に身が入らない。
クロは平日には姿を見ないが、毎週土日は中庭で日向ぼっこしていた。尻尾が二股に分かれている訳でも何でもない。何の変哲もない黒猫だ。政晶はまさかと思いつつも、父の言葉が気になり、廊下の窓から眺めるだけに留めていた。
あのふわふわの腹毛をもふもふ……
視線に気付いたクロに睨まれた気がして、政晶は逃げるように自室に戻った。
あの目ぇ、どっかで見た思(おも)たら、黒江さんと一緒なんや。
執事の黒江も、一度見たきりのメイドのクロエも、髪は黒いが瞳は琥珀色だ。完璧な発音で日之本語を話していたが、二人とも異国風の顔立ちをしていた。
二人とも長男である父を名前で呼び、三男の宗教を「ご主人様」と呼ぶ。執事が父の頼みをにべもなく断った事を思い出した。
父は特に気分を害するでもなく、流していたが、政晶にはこの家の人間関係もよくわからない。
これも誰かに聞けばわかるのだろうが、今更聞けなかった。完全に質問のタイミングを逃している。
まぁ……わかったから言うて、何か変わるワケやなし。どないでもえぇわ。
家でも学校でも周囲から浮いたまま、一カ月が経った。
政晶は何となく、自分の居場所はここではない気がして、積極的になじむ努力をしていない。そうかと言って拒絶もしないので、慣れは生じていた。
夕飯の席で、父に色々と話し掛けられるが、政晶は生返事で頷くだけだ。
今までほったらかしやった癖に、何今頃父親面しとんねん。
政晶は、毎日定時に帰って来る三つ子達を、何となく避けて暮らしていた。
今は難しい年頃だから。
母親を亡くしたばかりだから。
遠くから引っ越して来たばかりだから。
幾つもの理由で、大人達は政晶に気を遣っている。政晶は、気遣いを有難いと思うと同時に、その有難さに、押し潰されそうな息苦しさを感じていた。
親切や気遣いを無碍にしてはいけない。
それがよくわかっているからこそ、重かった。