■野茨の血族-15.身内 (2014年12月10日UP)

 政晶は、叔父の私室に通された。日当たりのいい部屋だが、何故か涼しい。
 寝台脇の小さな棚に荷物を置くと、二人の女官が、政晶を隅にあるタイル張りの一角に立たせた。
 女官の一人が小声で呪文を唱えると、目の前の壺から、水の塊が立ち上がった。もう一人の女官が、手にした籠からハーブの束を取り出し、水の柱に挿す。水塊がハーブを取り込み、淡い色に染まった。
 「日之本帝国みたいなお風呂はなくって、魔法で体と服を一緒くたに洗うんだよ。心配しなくても、溺れないようにしてくれるから、じっとしててね」
 叔父に説明され、女官を見る。二人はにっこり微笑んで、さらに呪文を唱えた。
 水の塊が生物のように動き、政晶を包み込む。思わず目を閉じた。水に包まれているのに、濡れた感じがしない。柔らかく温かい何かが体の表面を這う感触に、政晶は恐る恐る目を開けた。
 ぬるま湯が、体表を滑らかに流れていた。意思を持っているかのような水の動きに目を奪われ、呆然と見守る。
 ぬるま湯は、最後に髪を洗うと、政晶からするりと離れ、足下に置かれた小さな籠に何かを吐き出した。水流から色が抜け落ち、元の清水に戻ると、出てきた時同様、するりと壺に納まった。
 「じゃ、行こっか。今日のごはんは身内だけだから、気を遣わなくていいよ」
 帽子とマントを片付けた叔父が、戸口から微笑みかけた。
 城の食堂は、屋敷の大食堂よりも質素だが、広かった。既によく似た雰囲気の人々が集まり、長い食卓のそれぞれの席に着いて談笑している。政晶達が食堂に入ると、上座の国王が立ち上がって何か言った。親戚達が一斉にこちらを向く。
 叔父が政晶の肩を抱いて何か言い、お辞儀した。政晶もおずおずと頭を下げる。
 ざっと見た感じで五十人以上。
 これまで全く親戚付き合いと言うものをした事がなかった政晶にとって、途方もない人数だった。初めて会う親戚達の注目を浴び、政晶はすぐにでも家に帰りたくなった。王が満面の笑みで手招きする。
 「君は王様のお隣においでって」
 叔父が小声で訳して上座に向かう。政晶は置いて行かれないように後を追った。上座中央に国王、その右隣に政晶が案内された。
 叔父の腕から黒猫が飛び降り、侍女になった。メイドのクロエだ。上座に最も近い空席の椅子を引き、主人の着座を介助する。
 政晶は思わず動きを止めた。
 「ん? どうしたの? 早く座りなさい」
 叔父の手前の席から高祖母が言った。
 どういうこっちゃ……? 黒江さんは化け猫で、使い魔で……クロエさん……? 
 政晶は混乱しながらも、王に頭を下げて着席した。
 昼食は驚く程、質素だった。羊肉入りの野菜スープとパン。政晶の普段の食事の方が余程豪華だ。横目で左を見ると、黒山羊の王子殿下は、肉なしの野菜スープだけだった。
 政晶はスープを口に運び、別な意味で驚いた。
 なんやこれ、めっちゃ美味い……
 野菜そのものの味が濃く、複数のキノコの出汁が羊の脂と絡まり、複雑な旨味を作りだしていた。何種類もの香草が、羊肉の臭みを消して、爽やかな香りを漂わせている。暑さで参っていた体に、程良い塩気が染み透った。
 これまで口にした中で、これ程美味い物は初めてだった。
 親戚達は、政晶にはわからない言葉で和やかに談笑しながら、食事を摂っている。政晶を物珍しげにじろじろ見る事はしない。言葉が通じない上、席が遠いせいか、話し掛けられる事もなかった。
 「王妃様がね、たくさんあるから、おかわりは遠慮なく言うのよ。育ち盛りなんだから、いっぱい食べていいのよって」
 王妃が政晶に掛けた言葉を、叔父が訳す。政晶が礼を述べると、高祖母がそれを湖北語に訳した。
 「これ、めっちゃおいしい。作った人にもありがとう言いたいゎ」
 政晶の素直な感想が訳されると、王が目尻を下げて政晶の頭を撫でた。大きくあたたかな手に、政晶の中で張り詰めていた何かが氷解する。父からは感じた事のない、心の動き。
 これも何かの魔法なんやろか。
 政晶の食べっぷりを幸せそうに見守る国王夫妻を、不思議に温かい気持ちで見る。
 大使から報告が行っているのか、家族の事等、政晶がそっとしておいて欲しい事柄には、全く触れられる事なく、食事会が終わった。

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