■薄紅の花 01.王都コイロス-29.王都脱出 (2015年05月09日UP)

 「お願いします」
 「わかった。友は森の奥で薬を作って暮らしている。なぁに、【跳躍】するから、すぐだ。あぁ、但し、魔法生物の件は内緒にしておけ。心配を掛けるといけないから」
 教育係が遺児の手を取り、立ち上がらせる。王子も立ち上がり、戸口に向かった。扉の前で足を止め、顧みる。
 「人間が人間の敵になるようでは、おしまいだな。……守ってやれず、済まない」
 王子は遺児の頭を撫でた。魔法生物制作者の子は、答える言葉が見つからず、無言のまま王子を見上げた。
 寂しげな頬笑みがあった。王子はもう一度、やさしく髪を撫でると、手ずから扉を開き、遺児を送り出した。
 教育係が双魚に袋を背負わせ、手を引いて廊下に連れ出す。
 「先生、宜しくお願いします」
 「お任せ下さい」
 双魚は自分も何か言わねばと、もう二度と会うことがない王子に、礼を述べた。
 「あ、あの……ごはん、ご馳走様でした。ありがとうございました」
 「どう致しまして。……元気でな」
 「は……はい、あの、王子様も、お元気で」
 王子が小さく手を振る。双魚も手を振り返し、教育係に手を引かれ、廊下を歩きだす。背後から、足音がひとつ、慌ただしく駆けて来る。乱れた呼吸の下から、何事か王子に告げる。
 教育係は、立ち止まらず、振り向くこともしない。
 双魚も、廊下の先を見詰めたまま、黙って従った。
 今朝、来た時には静まりかえっていた廊下は、今、兵が慌ただしく行き交っている。
 張り詰めた空気の中を二人は言葉もなく、歩いた。

 長い廊下を抜け、負傷兵が溢れる奥庭をすり抜け、北の通用門を出る。堀に掛けられた細い橋は、まだ上げられておらず、兵が行き交っている。教育係は、双魚を抱き上げた。
 「城内は、結界があって、移動に関する術は使えんのだ」
 橋を渡り、城下に出る。通用門付近に市民の姿はなかった。【無尽袋】を抱えた兵が行き交っている。周囲の家々は堅く戸を閉ざし、細い街路には、仮小屋が建っているが、人の姿は見えない。
 間もなく日が暮れる。
 教育係はしばらく歩き、第一街区市壁付近の小さな広場で立ち止まった。ここは人でごった返している。教育係は双魚を抱えたまま、小声で呪文を唱える。目眩のような軽い浮遊感の後、風景が一変した。

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第01章.王都コイロス
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