■薄紅の花 01.王都コイロス-27.褒美の品 (2015年05月09日UP)
昼時、侍女に揺り起こされた。
卓には、パンとスープ、焼いた肉と野菜の乗った皿があり、菓子は片付けられていた。
「殿下はもう少し掛かるそうだ。お昼をいただいて待ちなさい」
最早、涙も出ず、勧められるまま、口に運んだ。男性も、双魚の向かいで同じものを食べる。
「申し遅れたが、私は王子殿下の教育係だ」
初老の男性が、思い出したように名乗った。
セリア・コイロスに限らず、魔法文明の国々には、家族以外に真名(まな)を名乗る習慣がない。家紋や肩書などで呼ぶ。
双魚も、口の中身を飲み下し、名乗った。
「魔法生物制作者、大釜家の長男です」
これまでは、単に大釜家の長男とだけ名乗り、友達には生まれ日の星で「双魚」と呼ばれていた。
家業が口をついて出たのは、初めてだった。何の感慨もない。冷たい声が他人事に思えた。双魚は自分でも何故、そう言ったのかわからなかった。
「どこか、頼る先はあるのか?」
双魚は俯いて首を横に振った。唯一人、生き残ってしまった。何も考えられない。弟と二人ならば、兵舎で癒し手として働こうと思っていた。守るべき者は、もう居ない。我が身ひとつ、己自身がどうしたいか、幼子にはわからなかった。
「身を守る術(すべ)は心得ているか?」
双魚は答えられなかった。教育係は穏やかな声で問いを重ねる。
「ここまで、誰かに守られて来たか? それとも、自分で身を守って来たのか?」
「自分で簡易結界を張ったり、大人の人に助けて貰ったりしました」
「そうか。よく頑張ったな」
教育係は再び食事に取り掛かり、何も言わなかった。次はいつ食事にありつけるか、わからない。双魚は、出された物を残らず平らげた。
給仕の侍女が皿を下げ、お茶を淹れて退室する。
教育係は、書き物机から小さな紙束を取り、卓に戻った。
「護身用の呪文だ。既に知っている術もあるやも知れんが、おさらいしても損はないぞ」
双魚の掌に紙束を乗せる。
幼子の掌より一回り大きく、右上の隅を一カ所、紐で綴じてある。簡潔な説明と呪文が、読みやすい字で書かれていた。一葉に呪文ひとつ。全部で十二枚あった。
双魚が紙束から目を上げる。教育係は目が合うと、やわらかな笑みを浮かべた。
「私からのお礼だ。届けてくれて、ありがとうな。知識はどこにでも持って行ける。嵩張らない財産だ。覚えている限り、失うこともない。それが、お前の身を守るだろう」
双魚は小さな声で礼を述べ、瓶を淹れていたポケットに紙束を仕舞った。今は何も考えられず、何も覚える気になれない。
教育係は立ち上がり、長椅子の背に掛けていたお針子の肩掛けを取った。肩掛けで幼子を包み、寝かしつける。双魚は逆らわず、目を閉じた。
侍女につつき起こされた。窓の外では、日が傾きつつあった。双魚が起き上ると、肩掛けを外された。
卓の向かいに王子が座っている。教育係は、その傍らに立って控えていた。侍女はお茶を淹れ直すと、肩掛けを持って退室した。