■薄紅の花 01.王都コイロス-17.大人の噂 (2015年05月09日UP)

 双魚は長い行列に辛抱強く並び、用を足した後、役所の外に出た。
 裏手では、係員が術で屎尿の処理をしていた。水と固形物に分離し、水は更に浄化して純水に変え、【無尽】の瓶へ。固形物は術で焼き、灰にした上で、【無尽袋】に収めている。
 役人の家は、無事だったのだろうか。いつも通りに仕事をこなす彼らを横目に見ながら、双魚は第三街区へ向かった。
 俄か作りの天幕が通りを埋め、行き交う人々の顔に表情はない。
 通りを行く人々は、真偽の程もわからない噂から、役所の告知まで、様々な情報を交わしていた。
 次の配給がいつどこで行われるか、近隣の町の様子、家の再建をどうするか、魔獣の対策は……
 双魚は弟の姿を探しながら、大人達の話を拾って歩いた。
 昨夜は第四街区でも、魔獣の犠牲者が出たらしい。弟は無事に夜を越せただろうか。
 インブリカータから、救援の為に軍が差し向けられたらしい。
 近々、王都に到着するようだが、本当に信用していいものか。
 大人達が眉間に皺を寄せ、話している。
 双魚は、インブリカータを「西隣にある湖の民の王国」としか知らない。王都コイロスしか知らず、隣国とは言え、外国はずっと遠くの別世界だと思っていた。
 別の大人が、南のボスリオキルスも援助の為に軍を出したらしい、と噂に聞いた話を口にする。
 双魚は足を止めることなく、第三街区を目指した。歩きながら干し無花果を食べる。無花果はあとみっつ。弟の為に取って置く。
 街の様子は両極端だった。
 無傷の建物と、瓦礫の山。
 堅く戸を閉ざした家に守られた人々と、空き地に急拵えの天幕や小屋を建て、夜を明かす人々。掘立小屋の為の廃材さえ手に入らなかった人々が、役所に詰めかけていた。
 第七街区には、倒壊を免れた家屋は殆どなかった。中心街に近付く程、無事な民家が増える。古くから住んでいる家は、先祖の【涙】がある為、【補強】や【結界】が設計通りに働くからだ。
 役所などの公共建築は、税として納められた魔力の水晶が使われている。水晶を補充する優先順位は、中心部の旧市街が高い。外周の街区は、不足しがちだった。まだ幼い双魚は、そんな大人の事情など、知る由もない。
 第四街区は元々倒壊家屋が少なく、瓦礫の撤去はほぼ終わっていた。その代り、空き地や大通りが天幕で埋まり、雑然としていた。
 人混みの中、幼い子供ひとり探すのは、至難の業だ。生死も定かではない。僅かな手掛かりに縋り、なるべく人の多い通りを歩く。

 昼をかなり過ぎた頃、第三街区との境の門に辿り着いた。門前広場には、配給を待つ人の列が、長く伸びている。
 次は、いつ貰えるかわからない。双魚もその列に加わった。順番を待ちながらも、目は広場を行き交う人の群に注ぐ。弟の姿は見えず、空腹が募るにつれ、落胆の度合いが増した。
 鴉が鳴き交わす頃、やっと双魚の順番が回ってきた。配給袋を受け取り、小声で礼を言って、列から離れる。
 「兄ちゃん!」
 その声に袋から顔を上げ、勢いよく振り返った。黄昏の人混みに紛れ、姿は見えない。夕日を浴び、目を細めて声の主を探す。
 「兄ちゃあぁあぁあぁあ……ん」
 泣きながら走っているらしい。揺れる声が近付いてくる。逆光で、顔がよく見えない。双魚は人混みを縫い、自分を呼ぶ人影に駆け寄った。
 涙で顔をくしゃくしゃにした弟が、しがみついてきた。右手には配給の袋をしっかり握っている。双魚は弟を抱きしめた。
 言葉もない。
 どこでどうしていたのか、とにかく、無事な姿に安堵した。
 二人揃って、泣き疲れるまで泣いて、落ち着いた頃には、日が大分傾いていた。配給に並ぶ人の列も短くなり、役人が安全な場所への避難を呼び掛けている。
 今から第三街区の区長宅へ向かったのでは、間に合わない。
 双魚は焦った。
 このままでは、二人とも魔獣に食べられてしまうかも知れない。一昨日の恐怖を思い出し、足が震える。
 「お前、今までどこでどうしてたんだ?」

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第01章.王都コイロス
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