■薄紅の花 01.王都コイロス-15.霊性の鳩 (2015年05月09日UP)

 このセリア・コイロス王国は、現在でも魔法文明の上に成り立っている。ほぼ全ての国民が魔法使いだ。
 極稀に生まれる魔力を持たない人は、「碩学の無能力者」と呼ばれ、保護の対象となる。「碩学の無能力者」は目印として、翼の生えた卵の徽章を身につける決まりだった。
 魔法使いならば必ず、魔物と戦う力を持っているかと言うと、そうでもない。
 大半の者は、日々の暮らしに必要な術と、家業に関する術が使えるに過ぎない。

 印歴紀元前二百年頃、魔道士の国際機関【霊性の翼団】が、ラキュス湖北地方のプラティフィラ帝国で発足した。国の枠に囚われない互助組織で、魔術の記録、研究、開発、魔道士の育成を担う。
 それまで、魔術の継承は、職能組合による徒弟制や家伝だった。各地の術を収集、記録し、その情報を基に魔術の系統を「学派」に分けたことで、より深く専門的な研究が可能となった。三界の魔物による惨禍に立ち向かう為、門戸は広く開かれており、他学派の術も、禁呪以外は誰でも学ぶことができる。
 当時は、魔法文明の全盛期で、術で遠隔地との交流も盛んだった。全ての国で加入が義務付けられ、各地に設置された研究所で、高度な魔道教育が施された。
 霊性の翼団の魔道士は、協力しやすいよう、どの学派の術を修めたか、一目で識別できるように、学派毎に決まった鳥の徽を身に着ける。
 特に高い知識と魔力を持つ者や、新たな術を開発するなどして魔術の発展に貢献した者は「導師」と呼ばれる。杖を持ち、徽に宝石を付け、一般の魔道士と区別する。
 プラティフィラ帝国は、三界の魔物との最後の戦場となり、瓦解した。
 各国の協力により辛うじて、三界の魔物を湖北地方内陸部、現在のムルティフローラ王国に封印した。
 この年を印歴紀元元年とし、新たな時代が始まった。

 現在、霊性の翼団は、プラティフィラ帝国の流れを汲むルブラ王国に本部を置く。封印から千七百年以上経った今も、学派や身分の詐称は、大半の国で極刑の対象のままだ。
 日々の暮らしに必要な術は、【霊性の鳩】学派。生活の基盤となる衣食住に関する魔術の系統だ。広く人口に膾炙している為、導師以外の者は、徽を身に着けない。
 建築の【巣懸ける懸巣】や医療の【飛翔する梟】など、専門性の高い術を修め、使いこなすには、知性と根気と努力と霊的・身体的な適性が求められる。
 まだ幼い双魚は、【霊性の鳩】の術をほんの少し使えるだけだ。
 何事もなければ、【深淵の雲雀】を教わり、魔法生物を制作する筈だった。
 もう少し大きくなれば、祖父と父が、護身用の術を教えてくれる筈だった。
 水を操る術で消火に協力したが、本来は、掃除や洗濯、皿洗いなどに使う。
 簡易結界の中で夜を明かし、ゆっくり落ちる術で魔獣の牙から逃れられた。
 それは幸運に恵まれただけだ。【霊性の鳩】では、魔獣には対抗できない。

 日没の前にどこかの建物か、天幕に入れてもらえなければ、魔獣の餌食だ。焦りに強張る足を励まし、兵士に道を尋ね、何とか区役所に辿り着いた。
 区役所は避難民で溢れ返っていた。玄関ホール、廊下、階段には隙間なく人が蹲り、文字通りの意味で足の踏み場もない。僅かな隙間に足を入れ、猫のように廊下の奥へ進む。
 むっとする人いきれ、汗と、焦げた匂いが入り混じり、今まで嗅いだことのない匂いを醸し出していた。吐き気を催す程ではないが、妙に甘ったるく、長く嗅いでいたくない。不安を感じさせる匂いだった。
 弟の姿を探しながら、どこか座れる場所はないかと、隙間も探す。一階には居ないようだ。遠慮しながら、人で埋め尽くされた階段を昇る。
 二階も人が密集する中、声を掛け、足の踏み場を探りながら進む。
 足下を突き上げられ、体が傾いだ。左右に揺さぶられ、人の上に倒れる。あちこちで上がった悲鳴が、地鳴りと重なり、不協和音を成した。
 双魚は知らない大人に抱きしめられ、訳がわからないまま、揺れに翻弄される。双魚はその人にしがみつき、揺れに耐えた。
 地鳴りが静まり、揺れが鎮まった。
 赤ん坊や幼子が泣き、親があやす。老婆がすすり泣き、天に祈る。
 頭を抱え、蹲ったまま、声を出すことすらできない者も多かった。
 双魚は、大人の手が背中を撫でていることに気付き、顔を上げた。
 知らないおばさんだ。双魚と目が合うと、安心させようと微笑む。
 その笑みは不安に歪み、上手く行かなかった。

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第01章.王都コイロス
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