■薄紅の花 01.王都コイロス-06.癒しの術 (2015年05月09日UP)
気が付くと、日はとっぷりと暮れ、双魚は知らない場所に座っていた。どこかわからないが、広場だ。双魚同様、家を失った人々で埋め尽くされている。怪我人ばかりで、あちこちから呻き声が聞こえた。
【灯】を持った人が、怪我人の間を歩いている。月光のような淡い魔法の光が、幾つも広場を行き交っていた。
身内や知り合いを呼ぶ声と、苦痛の呻きに混じって、呪医が唱える癒しの呪文が、細く頼りなく耳に届く。
双魚は立ち上がろうと、地面に手をつき、息を呑んだ。激痛に思わず、手を引っ込める。掌に水膨れができ、皮がめくれていた。
どこでどう、こんな火傷をおったのか、わからない。掌を見詰め、しばらく呆然としていたが、ふと、自分も癒しの術を知っていることに気が付いた。
子供にしか使えない術で、童歌のような独特の抑揚をつけて詠じる呪文だ。ちょっとしたすり傷や切り傷、靴ずれ程度しか治せない。それでも、何もしないよりは、マシだろう。
呪文を唱えようと、口を開けたが、かすれた吐息が洩れるだけで、声が出ない。諦めて口を閉じた。
掌に触れないよう、注意深く、膝の上で腕を組み、頬を乗せる。
隣に蹲る中年男性と目が合った。男性は、こめかみに血が滲み、左腕が見慣れない方向に曲がっていた。服もあちこち破れ、赤黒い染みになっている。
お互い何も言わず、すぐに目を逸らした。
何度も足元が揺れ、その度に広場が静まり返る。
痛みが徐々に鈍くなり、何をしていたのか、思い出せなくなる。空腹は感じず、恐怖も悲しみも遠い。身じろぎひとつせず、ただ、そこに座っていた。
大人たちは、小声で情報を交わしている。何があったのか。自分の家の辺りはどうだったか。王国軍や役所、職能組合や街の有力者の動き。
時折、家族や友人知人を探す声が、聞こえた。
双魚は一睡もできず、広場で夜明けを迎えた。
ようやく回ってきた呪医は、憔悴しきっていた。魔力を蓄えた小さな水晶を握り、呪文を唱える声は、かすれている。それでも術は発動し、火傷も痣もすり傷も、初めからなかったかのように消えた。
双魚は何とか、お礼の言葉を絞り出し、立ち上がった。
痺れ切った足がもつれる。倒れ掛かった双魚を、呪医の助手が支えてくれた。肩に王国軍の紋章、襟に衛生兵の徽章が付いてる。
もう一度、お礼を言い、ここがどこなのか、問うた。
「泉の広場。第三街区だ。坊や、家はどこだ?」
「……第七街区の端っこ」
「遠いな。まだ揺れてるから、なるべく大きな道を通って、崩れそうな家の傍は、避けて通れよ」
他の者にも注意を促す為か、衛生兵は大声で言って、双魚を送り出した。
広場を埋め尽くす怪我人を踏まないよう、足下だけを見て進んだ。
第三街区は、初めてだ。
以前、訪れていたとしても、道はわからなかっただろう。街は、元がどうだったか、わからない程、変わり果てていた。
天を仰ぐ。
よく晴れた朝焼けの空は、静かだ。一筋の煙もない。
広場の南に出ていたことが分かった。大通り伝いに、家を目指す。
家は、第七街区の西端にある。