■薄紅の花 01.王都コイロス-14.配給の列 (2015年05月09日UP)

 「坊や、一人?」
 女の質問に双魚はこくりと頷いた。女の顔が曇る。男達も顔を見合わせ、小さく溜め息をついた。
 「これから、どうするの?」
 「弟を探しに行きます。……生きてるの、わかったんで」
 「そう。宛はあるの?」
 「……最後に会ったって人に、役所に居るかもって言われて、来てみたんですけど、誰も居なくて……」
 双魚は力なく首を振り、肩を落とした。
 「第七街区はもう終わりだ。俺達は今から他所の町へ行くところなんだ」
 「どうする? 一緒に行く?」
 「ありがとうございます。……でも、弟を探します。第六街区の役所に居るかもしれません」
 「第六街区も、もうそろそろ危ないんだが……まぁ、ここよりゃマシだろう」
 大人達と別れ、双魚は大通りを第六街区に向かって走った。彼らは特に引き留めず、その後ろ姿が見えなくなるまで見送り、自分達の道を歩き出した。

 第七街区の区役所は、第四街区に引越したと貼り紙してあった。第六街区のおばさんが言っていたのだから、弟が居るのは第六街区の区役所かもしれない。
 どちらかに行けば会えると信じ、双魚は走った。
 南東門の壊れた扉を潜り、瓦礫の撤去が進んだ街区を駆け抜ける。
 第六街区の区役所は、無事だった。役所の脇にできた空き地に天幕が張られ、食糧の配給に行列ができていた。
 「明日以降、この街区での配給はなくなります。受け取った方は、速やかに第四街区よりも内側に避難して下さい。夜は危険です。この街区での野営は、絶対にやめて下さい」
 天幕の前で、役人が何度も同じ言葉を繰り返す。
 第七街区の貼り紙では、第五街区より中に行け、となっていた。日増しに状況が悪化していることに気付き、双魚は足が竦んだ。
 数時間並んでやっと、配給品の小さな巾着袋を貰えた。日は高く、正午を過ぎている。役人の声を背に、中心街に向かって、とぼとぼ歩く。
 袋の中身は、干し無花果五つと、掌大の堅焼きパン一個。次に食糧を手に入れられるのは、いつになるのか。
 干し無花果をひとつだけ口に入れ、ゆっくり噛み潰しながら歩く。
 この時間になると、他所へ移る人は減り、中心街を目指す人の流れが太くなった。
 干し無花果は、噛む度に小さな種子がプチプチ潰れ、甘酸っぱさが口いっぱいに広がった。

 第六街区の門を出る頃には、日が傾いてきた。
 第四街区と第五街区の境は、一部が壊れている。ここも、いつまで持ち堪えられるものなのか。しかし、ここではまだ、瓦礫の撤去作業が続き、兵士が忙(せわ)しく行き交っていた。
 あちこちで遺体を焼く儀式が行われていた。
 地面に魔法陣を描き、中央に遺体を安置する。胸に花を置いて最期の別れを告げ、生者は魔法陣を出る。術者が【火葬】の呪文を詠唱すれば、遺体は瞬く間に灰と化す。正式な葬儀を行う余裕はなかった。
 遺体に取り縋って泣き崩れ、魔法陣から出ようとしない遺族も多い。あまり長くそのままにすると、実体を持たない魔物が、遺体に入り込む。
 我が子から無理矢理引き離される母親の嘆き、妻子と共に焼いてくれと懇願する男の叫び、親にしがみつく幼子の泣き声。悲痛な声が幾重にも重なり、煙と共に天へ消える。

 禍の日から三日が過ぎた。
 瓦礫の下、生存の望みは薄くなった。花の季節とは言え、夜はまだ冷える。飢え、乾き、寒さ、怪我、魔物。
 双魚の弟は、少なくとも瓦礫の下には居ない。まだ、この街のどこかに居る筈だ。
 ポツリポツリと建物の残る第五街区を足早に抜け、第四街区に入った。
 こちらは比較的多くの建物が残っている。
 大通りの両脇と、瓦礫が撤去されてできた空き地を、天幕が埋め尽くしていた。簡易結界で夜を越さざるを得ない人々の目は、不安に澱んでいる。
 毛布や食卓布など、間に合わせの材料に術を掛けただけの粗末な天幕だ。避難民を受け容れられる建物にあぶれた人々に、無事に明日を迎えられる保証はない。
 天幕からは、今夜の見張りの順番を相談する声が、漏れ聞こえた。

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第01章.王都コイロス
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