■薄紅の花 01.王都コイロス-02.禁則事項 (2015年05月09日UP)
今日から、この地下工房で、身内から縁を切られる程の「危険な秘密」を教えられる。
双魚は怖いような、わくわくするような、落ち着かない気持ちを抑えて、二人を見た。
分厚い石壁に囲まれた地下室は、静かだ。
「そう構えなくていい」
父が笑って手招きする。双魚が父の隣に立つと、器具の説明をしてくれた。
粉を量る薬匙、材料の目方を計る分銅、液体を量る目盛入りの硝子器、材料をすり潰す乳鉢、材料を刻む俎板と包丁、素材を煮込む大釜……
「基本的に、芯になる素材を釜に入れて、付与したい能力に必要な素材を足して、呪文を唱えながら、煮込む。それだけだ」
「……料理?」
「材料は毒も多いからな。旨そうに見えても、食うもんじゃないぞ」
双魚が思わず漏らした言葉に、祖父が噴き出した。恥ずかしくなり、双魚は俯く。父がやさしい声で、説明を続ける。
「うん、まぁ、料理に似てるな。うっかりしてると怪我するし、火傷もする。どっちも失敗したら、大惨事だ。笑いごとじゃない」
双魚が顔を挙げると、父は大釜を指差した。
「この釜は、普通の釜と違って、立体構造の魔法陣なんだ。これで煮れば、火と水の力を借りて、シチューの材料だって、ワケのわからん生き物になる」
驚いて父と大釜を見比べる。父は大真面目に頷いた。
「ちゃんとした魔法生物ができるように、材料の組み合わせと、呪文の選択を間違えるんじゃないぞ。それと、禁則事項は覚えているな?」
「うん。繁殖力は持たせない、殺傷力はなるべく与えない、依頼人の秘密を漏らさない」
祖父が、即答できた双魚の頭を、くしゃくしゃと撫でた。
父は、真面目な声で、説明を続ける。
「この工房は、今は父さんのだ。祖父ちゃんは、もう、この『場』に対する支配権を持っていない」
双魚は首を傾げ、二人を交互に見た。
「この部屋全体に魔法陣を組み込んである。父さんの他は、誰にも扉を開けられないし、この部屋に術で括ってある物も、持ち出せない。【跳躍】も弾く。作った魔法生物を逃がさない檻も兼ねてる。それから……」
双魚が父の目を見て頷き、先を促す。
「それから、父さんにもしものことがあれば、工房は全部、灰になる。」
双魚は言葉を失った。部屋を見回し、最後に父の顔を見る。
父は、息子を安心させるように、笑って抱き寄せた。幼い我が子の頭を撫でながら言う。
「なんて顔してんだ。ハウト。父さんはこの先、何百年も生きるんだぞ。まだまだ先の話だ。ま、その前にお前に譲るけどな」
父の服には、何だかよくわからない薬品の匂いが染み込んでいる。嗅ぎ慣れた父の匂いは、工房の匂いだった。
さっきの一言の何がこんなに悲しいのか。
双魚は自分でもわからないまま、父にしがみついた。父は戸惑いながらも、双魚の背中をトントンと軽く叩いて、静かに声を掛けた。
「今日は、もうこれだけにしようか」
「そろそろメシだ。上がって手伝え」
祖父た困ったような苦笑を浮かべ、扉を親指で指した。