■薄紅の花 01.王都コイロス-22.食堂の係 (2015年05月09日UP)
昼を少し過ぎた頃、髭面の兵に叩き起こされた。
「何だ、お前ら。何でこんな所で寝てやがる」
「あ、あの、ここでゆっくり休んでけって、言われて……」
兵の怒声に萎縮しながらも、双魚は辛うじて事情を言った。兵は舌打ちし、二人の背中を押した。
「またあいつか。チビ共をいちいち構ってちゃ、キリがないってのに……ほら、もう休んだろ。さっさと行け。食いっぱぐれるぞ」
「え、あの……」
「昼飯だ。食わんのか?」
「あ、その……食べます」
「さっさと行け」
宿直室から廊下の右手側に押し出された。扉が乱暴に閉まる。二人は閉め出され、詰所の廊下をとぼとぼ歩いた。
慌ただしく行き交う兵士は、場違いな子供に一瞥もくれない。
ここは第三街区の詰所よりずっと大きい。小さな兵営だった。二人は廊下の突き当たりにある食堂に入った。兵達が昼食をかきこんで、バタバタと出て行く。入れ替わり立ち替わり、目まぐるしく昼時を過ぎても、食堂は戦場のような忙しさだった。
空き腹を抱えた幼い兄弟も、列に並んだ。当番の兵は、胡散臭そうに子供を見たが、椀にスープを継いで寄越した。
「それ食ったら、さっさと行けよ」
「は、はい」
隅の席に着き、双魚は、今朝こっそり、パンをくれた兵の姿を探した。弟は、スープを取り上げられるかもしれないと思っているのか、熱いのをものともせず、がっついている。
詰所に入れてくれた兵も、パンをくれた兵も、見当たらなかった。双魚はぬるくなったスープをすすり、今後のことを考えた。
城は王都の中央にある。食堂の窓から見える姿は、重厚堅牢、一目でそれとわかる城塞だった。今から急いで出れば、日没前には着くだろう。
食器を返し、礼を述べる。食堂を出ようとしたところで、当番兵が呼びとめた。
「お前ら、どこ行くんだ? 宛はあるのか?」
「……お城に届け物に行きます」
「入れちゃくれねぇと思うがな……お前ら、水の術は使えるか?」
「少しだけなら……」
双魚は戸惑いながら答え、弟は首を横に振った。当番兵は二人を厨房に入れ、食器の山を指差した。
「今、非常時で人で不足なんだ。ガキでもタダ飯食わせる余裕はねぇ。ちょっとここで皿洗いしてけ」
まだ水の術を使えない弟が、泣きそうな目で兵を見上げる。
「チビは洗い上がった食器を片付けろ。割るんじゃねぇぞ」
当番兵は二人に簡単な指示を与えると、夕飯の仕込みに取り掛かった。
兄弟は慣れない手つきで、皿洗いと片付けを始めた。割らないように言われたが、全て木製だ。落としたくらいで、そうそう割れる物ではない。
炊事当番の兵は、たった二人で数百人分の食事を用意していた。
夕飯ができ上がる頃、ようやく片付け終えた。
息つく暇もなく、今度は配膳の手伝いに駆り出される。先程片付けた食器を、指示された所に運ぶ。途中、何度か落とし、怒号が飛んできた。その度に双魚が洗い直し、弟が半泣きで運んだ。
兵達は交替で食堂を訪れる。瞬く間に平らげ、持ち場に取って返す。
双魚は、次々と返却される食器をひたすら、洗い続けた。この詰所の所属ではない兵が、増援で来ているらしい。食器が足りなくなり、何度も急かされた。
人の波が引き、兄弟も夕飯にありつけた。
窓の外はすっかり日が暮れ、闇に包まれている。弟は、半分寝ながらスープを口に運んでいた。
「お前ら、思ったより使えるな。どうだ? 宛ができるまで、ここで働いてみねぇか?」
当番の兵は、向かいの席でパンを頬張ったまま、双魚に聞いた。双魚は弟を見、窓の外を見て、当番兵の顔に視線を戻した。
「……どうなってるんですか?」
「どうって?」
「えっと、この……街、全体」
途端に兵の顔が険しくなる。