■薄紅の花 01.王都コイロス-11.第七街区 (2015年05月09日UP)
自宅跡に向かう。
第七街区に人影は疎らで、その殆どが王都を出て行く人々だった。
自宅跡周辺には、もう誰も居なかった。
焼け残った菜の花が、風に揺れる。降り積もった灰に、獣の足跡を見つけた。犬に似ているが、遙かに大きい。大人の足跡五つ分はある。
噂は単なる流言蜚語の類ではなかった。巨大な魔獣が屍肉を求め、壁の内側に入りこんでいる。
双魚は総身を粟立たせ、身震いした。
この王都コイロスで生まれ育ち、外のことはよく知らない。
父に連れられ何度か、ラキュス湖畔には行ったことがある。
王都の北門を出て、少しばかり行った湿地帯には、危険な魔物は棲息していない。蛙などを追い掛けながら、魔法生物の素材になる薬草を採った。
父は、いずれ双魚を王都の南に連なる山や森にも、素材採りに連れて行くと言っていた。
山と森には、危険な魔獣が多数、棲息している。幽界から漏れ出た魔物も居着いている。
南に行くのは、自分の身を自分で守れるようになってからだ。
山と森の恐ろしさを懇々と諭され、震えあがったことを思い出した。
巨大な魔物と戦う力は、まだない。
双魚は消し炭を拾い、瓦礫に伝言を認(したた)めた。第三街区の区長宅を訪ねるよう、書き残す。
いつまで置いてもらえるかわからないが、他に宛がなかった。
そもそも、弟が自宅に戻って来る保証もない。
書き終えると、消し炭を投げ捨て、第七街区の区役所に向かった。
第七街区は瓦礫の撤去が進んでおらず、日が傾く頃になってやっと、役所に着いた。
大人達が肩を落とし、役所の前から去るのが見える。
役人に追い払われたのか、と思いながらも、近付く。
入口に貼り紙があった。
告
第七街区区役所は、第四街区鷲の広場に移転しました。
結界が失われ、たいへん危険です。
夜間は、第五街区より中央寄りの安全な場所に避難して下さい。
住居の債権は、結界の再構築完了まで、お待ち下さい。
役所の建物は無事だったが、無人だった。業務に必要な物が粗方運び出され、がらんとしている。窓の外は黄昏に染まり、長い影が床に落ちていた。
ここから第三街区まで戻る時間はない。双魚は、ここで夜明けを待つことに決めた。
椅子に乗って、事務室のカーテンを一枚外す。遠吠えが聞こえたような気がした。双魚はカーテンを抱え、階段を駆け上がった。