■薄紅の花 01.王都コイロス-28.薄紅の瓶 (2015年05月09日UP)

 「ここは私室だ。そう堅くならずともよい。大儀であったな」
 王子、教育係、双魚の三人になると、王子が微笑んだ。双魚は寝惚け眼で頷いた。
 「そなたが届けてくれた品は、しかと受け取った。そしてこれは、私の意思で、私の手から、そなたに返す。受け取ってくれ」
 薄紅色の小瓶を幼子に差し出す。王子と向き合う双魚は、何を言われたのか、わからなかった。不良品だったのか。だが、父が居ない今となっては、作り直すこともできない。卓の上に置かれた瓶を見詰め、黙り込む。
 「これは、私の使い魔として作らせた。直接、戦う力は付与されておらん。だが、兵站などには用いることもできよう」
 「この魔法生物は、戦うことはできない。殿下の身の周りのお世話や、ちょっとした力仕事や儀式魔法の手伝い、使い走りの為に作らせたからな。だから、食糧や武器を運ばせることなら、できるのだ」
 教育係が、王子の言葉を子供にも分かるように言い換える。双魚は瓶から顔を上げ、頷いて見せた。
 「だが、どんな用途であろうとも、戦場で魔法生物を用いれば、我が国を滅ぼす大義名分を与えることになる。そればかりか、今は静観している国々をも刺激しかねんのだ。……わかるか?」
 双魚は王子の目を見詰め返し、顎を引いた。

 約千七百年前に封印された三界の魔物の話は、父と祖父から何度も聞かされた。あれは、たった一体の軍事用魔法生物から生まれたのだ。
 三界の魔物は遥か古(いにしえ)に、ラキュス湖から遠く離れたもうひとつの大陸……アルトン・ガザ大陸で生まれた。
 今は亡き大国で生み出された魔法生物の一種。
 人間同士の戦争の為に開発された破壊の存在。
 存在の位相をずらして姿を隠し、攻撃を躱す。
 瘴気(しょうき)を撒き散らし、人の暗い情念で増殖する。
 魔道士に対抗する為に作られた、生物兵器だ。
 魔力を持つ者を喰い、際限なく成長し殖える。
 核を破壊しない限り、死滅させられない魔物。
 それが、三界の魔物だった。
 数々の禁則事項は、三界の魔物の再来を防ぐ為にある。

 「流石だな。今、この状況で王族が魔法生物を所有しておれば、そのこと自体が、後付けで如何様にもされてしまう。非常に危険な状態なのだ。わかってくれるな?」
 魔法生物制作者の遺児が頷くと、王子は茶で口を湿らせ、言葉を続けた。
 教育係が、書き物机の足下から、小さな背負い袋を持ってくる。
 「これは大釜殿の最後の作品だ。父の形見として、そなたが持って行くのだ。よいな」
 遺児は頷き、卓上の小瓶に手を伸ばした。教育係に貰った呪文の束と同じ所に瓶を押し込む。
 「東のアミトスチグマ王国に私の友が居る。坊やさえよければ、養子にして貰えるよう、頼んであげよう。子宝に恵まれなかった夫婦だから、断られはせんだろう。どうする?」
 教育係が、双魚の傍にしゃがみ、幼子の瞳を覗く。
 このままここに留まっても、先はない。弟はもう、どんなに探しても、見つからないだろう。
 王子は今、魔法生物の小瓶を「持って行け」と命じた。
 父が作ったこれは、城にあってはならないのだ。いや、王都にあっても、外国の軍に見つかれば、事実をどう捻じ曲げられるか、わかったものではない。
 双魚は鎧下越しに小瓶を握り、答えた。

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第01章.王都コイロス
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