■薄紅の花 01.王都コイロス-09.第四街区 (2015年05月09日UP)
大通りの瓦礫は粗方、片付けられ、昨日より歩きやすくなっている。
道々、兵士達が使い捨ての【無尽袋(むじんぶくろ)】に黙々と、瓦礫を詰める姿が見られた。「無尽」とは言うものの、実際の容量には限りがある。麻袋に【無尽】の術を掛け、容量を増やしたものが、【無尽袋】だ。液体と生物は入れられないが、何をどれだけ入れても、重量は、林檎一個分以上にはならない。容量は、術者の魔力の大きさに拠る。祖父は引越しの際、家財道具を全て一袋に収めたと言っていた。袋を逆さにして振ると、中身が全て出て、術が切れる。
街の住人も、兵士達も、憔悴しきっていた。
目の前の現実から逃れる為に、目の前の単調な作業に没頭している。
王都コイロスの街区を区切る市壁には、四ヶ所ずつ門が設けられている。奇数番号の壁は東西南北、偶数の壁は北東、南東、南西、北西。街全体が、魔物の侵入を防ぐ巨大な魔法陣で、街の発展に伴い、長い歳月を掛けて、魔法陣も拡大した。
主要な街路は、魔法陣の構造体だ。今は無数の亀裂が走り、寸断されている。
市壁本体は、建築家が言った通り、各種補強の術が組込まれ、また、要所要所に魔力を籠めた水晶が設置されている為、ひびひとつ入っていなかった。
第三街区の門前広場には、街区内に設置された臨時救護所と、食糧配給所、避難所の案内が貼り出されている。区長宅は、個人的に友人知人らを受け容れていたようだ。救護所でも避難所でもなかった。
開け放たれた門を抜け、第四街区に入る。
双魚は、第五街区より古い中心街に入ったことがない。第四街区は、双魚の知るどの街区よりも広かった。大通りから見える次の壁は、遙かに遠い。
少し行くと、不自然に開けた場所に出た。
物資が集積され、食糧などの配給が行われている。横を通ると、少し焦げた匂いに気付いた。足下の地面は焼け焦げ、煤がこびり付いている。この区画一帯が、焼失してしまったのだ。
配給に並ぶ人の波に逆らい、双魚は第五街区に向かった。配給の行列に、親戚や友人知人の安否を尋ねる人が、次から次へと声を掛け、肩を落としながら先へ進んでいた。
この街区に双魚の知り合いは居ない。
もしかすると、親戚が居るかもしれないが、随分前に縁を切られていて、双魚はどこの誰がそうなのかすら、知らなかった。
配給の行列を横目で見ながら、弟の姿を求めて大通りを足早に抜ける。
しばらく歩いて、双魚は自分がとんでもない思い違いをしていたことに気付いた。
この第四街区が、特に広いのではない。
壁が倒れていたのだ。壁本体は術によって破壊を免れ、その形を保ったまま、街の上に倒れている。揺すり込みで地盤が緩み、基礎が抜け、巨大な壁が本でも倒すように横倒しになっていた。
流石に自重と捻(ね)じれには耐え切れず、抜けなかった部分を境に、巨人の手で捻(ひね)られたように、捻(ね)じ切れていた。
住人の捜索以前にまず、壁を解体せねばならない。補強の術を解除し、壁を砕き、撤去する。
随所で作業が行われているが、人手が足りず、難航していた。
かつて大通りだった部分は、優先的に瓦礫を撤去してある。双魚は、人や物資が行き交う通りを大人の邪魔にならないよう、足早に通過した。
通りを行く大人達は、眉根を寄せ、不穏な噂を口にしている。双魚は通り過ぎ様、断片的に耳に入った言葉を繋ぎ合せた。
壁の大半が崩れた。
結界の術が解けた。
魔物が入ってきた。防ぐ物がないから。
遺体が消えている。魔物が食ったから。
まだ日中は大丈夫。夜は危ない。
他に手を取られ、兵が足りない。
井戸が穢れて疫病が出た地区があるらしい。今は立入り禁止だ。
西と南の隣国が、援助を申し出たらしい。既に軍隊を向けてる。
ありがたい。この様のセリア・コイロス一国では無理だからな。
ありがたい? 混乱に乗じて、国を乗っ取るつもりらしいのに。
南のボスリオキルスが、魔物を放ったらしい。
西のインブリカータが、毒物を流したらしい。