■薄紅の花 01.王都コイロス-24.下級兵士 (2015年05月09日UP)
「性能は?」
「知りません。あの時、父さんと二人でお城に行くところだったんです。途中で父さんが忘れ物を取りに帰りました。書類って言ってたんで、多分、あれが説明書だったんじゃないかなって……」
「家は?」
「焼けました」
「そうか……」
兵は腕組みして目を閉じた。双魚も口を閉ざし、自分の考えに没頭する。
どこからか魔獣の遠吠えが聞こえる。
ここはもうダメだと聞いた今、ぐずぐずしていられなかった。明日は誰に何と言われようと、城に行かねばならない。後のことは城に着いてから考えよう。
戦争と言うものを知らない双魚は、外国の軍隊が来ると言われても、どうなるのかピンとこなかった。ただ、兵の口ぶりから、何かとんでもないことになりそうだ、と感じている。
なるべく早く、弟を連れて東へ逃げなければならない、と強く思った。
兵は腕組みを解き、双魚の目を真正面から見据えて言った。
「よし、わかった。俺が一緒に行ってやる」
双魚は驚いて、兵を見詰め返した。冗談を言っている訳ではなく、からかっているのでもない。真剣な眼差しが、幼い双魚に向けられていた。
朝食後、すぐに詰所を出た。昨夜の言葉通り、昨日の炊事当番が、付き添ってくれている。第一街区も、大通りが天幕に埋め尽くされていた。僅かな隙間を縫って歩く。
「サボりじゃないからな。隊長にもちゃんと話を通してある」
「うん」
「渡す奴って、どこに居るんだ? 見せてくれないか」
「瓶に入ってて、開けられないから見せられませんよ」
「ふーん、瓶は?」
「僕が持ってます」
「そうか」
瓶を見せろとは言われず、双魚は拍子抜けした。兵士と幼い兄弟と言う妙な三人組は、それから黙って、大通りを街の中央へ歩いた。
この国に限らず、魔法文明圏の兵は軽装だ。
魔法文明国では、厚手の布や革に術を掛け、鎧を作る。予め呪文を織りこんだり、刺繍や染色で後から加工した。
術を発動し得る魔力を持つ者が纏えば、鎧として機能する。炎や冷気なども、防ぐことが可能だ。強固な鎧は、それだけ、強い魔力が必要になる。魔力がなければ、単なる衣服でしかなかった。
双魚の隣を歩く下級兵士は、最低限の防護力を持つ簡素な鎧を身に着けていた。腰に帯びた剣は、湖の周辺で多く産出される銅を加工したものだ。
魔法文明圏の戦士は、主に魔法で戦う為、武器は補助的な使用に留まる。
彼らは知る由もないが、魔法の使えない科学文明国では、三界の魔物による大破壊の後、鍛冶の技術が著しく発達し、金属製の武器や防具が盛んに作られている。
長い戦いの末、三界の魔物の最期の一匹が封印され、新しい時代が始まった。
三界の魔物に蹂躙されたアルトン・ガザ大陸では、魔力を持つ者が産まれない地が増え、魔法文明が衰退している。
彼の地では、今でこそ科学文明国が多く栄えているが、かつては魔法文明の国々が、隆盛を誇っていた。
朝の街は静かだった。無事だった家々は戸を堅く閉ざし、天幕や仮小屋も、夜間の不寝番から一息つき、明るい光の中で眠りに就いている。
不意に兵士が立ち止まり、振り返った。
幼い兄弟も足を止め、兵士の顔を見上げた。怪訝な顔で眉根を寄せ、今来た道を注視している。
通りの両脇を埋める避難民の仮住まいは、寝静まっている。時折、何人かが出てきて、配給所へ歩いて行く。矢の術で、雀を落として焼く人も居た。
通りに面した建物の扉は閉ざされている。
道の向こう、門の辺りから黒煙が天に刺さっていた。火の手が上がっている。風に乗って、微かに怒号や悲鳴が届いた。
「火事か?」
兵士が呟く。三人に気付き、雀を獲っていた男も同じ方を見た。