■薄紅の花 01.王都コイロス-19.兵隊さん (2015年05月09日UP)

 「起きろ! チビども!」
 知らない男の声に起こされた。
 小さな窓から射し込む光はまだ弱く、寝ぼけた頭は状況を把握できない。
 「怪我、治してくれ。朝飯はその後だ」
 何人かが棚から床に降りた。既に部屋に入っていた怪我人に近付き、寝起きのけだるい声で、呪文を唱える。

 「青い翼 命の蛇呼んで 無限の力 今 ここに来て
  翼 はたはたと 癒しの風を送る ひとつの風を
  泣かないでね この痛みすぐ癒す 今から心こめ癒すから
  命 繕って 苦しみ去って 元気になった 見て ほら」

 詠唱が始まると、傷ついた兵の数が増え、狭い部屋はすぐ、いっぱいになった。老婆に促され、双魚と秤も床に降り、同じ呪文を唱える。

 「傷ついても この痛み平気なの 言葉に力乗せ癒すから
  命 補って 痛みは去って 元に戻った 元気 ほら
  痣と火傷 この痛みすぐ消える 魔力を注いで癒すから
  体 繕って 痛みを拭い 元に戻った 見て ほら」
 幾つもの幼い声が、同じ呪文を詠じ、輪唱さながらに重なり合う。ささやかな癒しの力が、漣のように部屋に広がる。癒しの漣に洗われ、衣服を血に染めた兵達の顔から、苦痛の色が薄らいだ。

 「青い翼 命の蛇呼んで 無限の力 今 ここに来て
  翼 はたはたと 癒しの風を送る ひとつの風を」
 最後の一人が口を閉じると、兵達は口々に礼を言い、物置部屋を出て行った。後には血と汗の匂いが残り、子供達も一人、また一人と部屋を出る。
 双魚達も、ついて出た。

 詰所を出ると、当番の兵が朝食を配っていた。子供達は、兵に混じって列に並び、干し肉のかけらと水を受け取る。双魚と秤もそれに倣う。
 老婆は、用があると言って列に加わらず、どこかへ行った。
 塩気の強い干し肉を噛みしめると、一気に目が覚めた。硬い干し肉が口の中でだんたん軟らかくなり、噛めば噛む程、味が滲み出る。
 「チビども、ちょっと来い。大事な話がある」
 年嵩の兵が、子供達を呼び集める。
 「この第四街区でも、魔獣が増えてきた。俺達も頑張ってるが、何せ数が多い」
 兵士はそこで言葉を切り、子供達を見回した。干し肉を口に含んだまま、次の言葉を待っている。不安げに見上げる子も居る。
 「昨日の晩も、天幕の避難民がやられた。ちゃんとした形で残ってる家は、まだ安全だ。宛があるなら、親戚か知り合いの家に入れて貰え」
 子供達の反応を見る。落ち着かなげに顔を見合わせている。十二、三歳と思しき少年が、唾と一緒に干し肉を飲み下し、小さく震える声で聞いた。
 「あの……宛が……ない子は、どうすればいいんですか?」
 「いい質問だ。ここより奥、城に近い街区に避難しろ。役所なら、入れて貰えるだろう」
 そう言った兵士も、確証がある訳ではないようだ。だが、不確かな望みに縋らねばならない程、事態は切迫してるらしい。
 「守ってくれて、ありがとうございました。兵隊さんも、気を付けて」
 双魚はぺこりと頭を下げると、弟の手を引いて歩きだした。門を抜け、第三街区に入る。
 「兄ちゃん、どこ行くの?」
 第三街区の区長は、直接の知り合いではない。顔すら知らない。隣家の老夫婦らは、もう田舎の親戚を頼って、出発しただろう。職人の娘が、まだ留まっているとも限らない。そもそも、いつまでも置いてもらえる訳ではないのだ。ならば、どこに居ても同じだ。
 「お城に行く」
 「お城?」
 「王子様に渡さなきゃいけない物があるんだ」

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第01章.王都コイロス
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