■薄紅の花 01.王都コイロス-10.第六街区 (2015年05月09日UP)

 第六街区に入っても、いい話はひとつも聞こえなかった。
 不安と焦燥にもつれる足を前に出し、双魚は目的の家に急いだ。
 友人宅は、半ば崩れていた。周囲の家々は、あるものは崩れ、またあるものは灰燼に帰している。一階部分が押し潰され、二階だけが残った家も多い。
 早鐘のような心臓を抑え、双魚は友人宅に声を掛けた。喉の奥から何とか絞り出した声は、震えている。
 周囲の大人が、こちらに目を向けた。半壊家屋から、応えはなかった。
 代わりに、近くで家財を掘り起こしていた男が、行方を教えてくれた。
 「〈丸燭〉さんちなら、親戚の所へ行くって言ってたぞ」
 「えっ、あ、そうなんですか。ありがとうございます。場所……」
 「第六街区南東門の近くって言ってたが、そこもダメなら、田舎の親戚んとこって言ってたな」
 自分でも驚く程、明るい声で礼を言い、双魚は南東門を目指した。昼を過ぎているが、空腹感はない。望みができたことで、胸がいっぱいになった。
 門に近付くにつれ、更地が増えてゆく。瓦礫の撤去が進み、早い所ではポツリポツリと仮小屋が建ち始めていた。
 南東門に向かいながら、秤と時雨を呼ぶ。仮小屋にも道行く人々にも、見知った顔はなかった。ここも、地面が所々、焼け焦げている。

 「坊や、〈丸燭〉さんの知り合い?」
 不意に声を掛けられ、立ち止まる。振り向くと、中年の女性が前掛けで手を拭きながら、近付いてきた。知らないおばさんは、眉間に縦皺を刻んで、溜め息をついた。
 何を言われるのかと身構えていると、おばさんは堰を切ったように喋りだした。
 余程、誰かに聞いて欲しかったらしい。
 おばさんが涙ながらに語った言葉を要約すると、とにかく、この辺りの被害が酷かった、と言うことだった。
 家屋の倒壊。それに続く火災。
 隣近所で助け合い、負傷者を救護し、消火と避難にあたった。日没後も【灯】を使い、生き埋めの救助を続けた。
 夜更け、どこからか入り込んだ魔物に襲われ、救助隊の何人かが命を落とした。泣く泣く負傷者を置いて逃げ、日が昇ってから瓦礫に声を掛けたが、返事はなかった。
 自力で結界を張れる人だけが、戻ってきて仮小屋を建てている。
 〈丸燭〉さんは、田舎の親戚を頼るらしい。今朝、王都を出た。
 このおばさんの一家も、使えそうな物を掘り出したら、王都を出る。近所の人は大勢亡くなったし、この様子では、田舎も無事かどうか、わからない。
 「あの、俺の弟が一昨日、〈丸燭〉さん家に遊びに行ってたんですけど、見ませんでしたか?」
 長い話が一段落したところで、何とか質問する。まだ何か喋ろうとしていたおばさんは、寸の間、黙ったが、知っていることを教えてくれた。
 「あぁ、あの子、坊やの弟だったの。一人だけ陸の民だったから、覚えてるよ」
 秤が生きていることがわかり、双魚は胸が高鳴った。
 おばさんは、喜ぶ双魚を気の毒そうに見て、言った。
 「でも、どこに行ったかまでは、知らないねぇ。今朝、一緒に行くか聞かれて、断って、その後すぐ、どっか行っちゃったのよ。配給を貰いに行ったのかも知れないし、区役所にでも行ってごらんよ」
 双魚は何度も礼を述べ、第六街区を後にした。

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第01章.王都コイロス
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