■薄紅の花 01.王都コイロス-03.注文の品 (2015年05月09日UP)

 幼い兄弟妹(きょうだい)が、わぁわぁきゃあきゃあ、大騒ぎの昼食を終え、母は乳呑児の末娘を寝かしつけに寝室へ下がった。
 三つになったばかりの弟も、母にくっついて行き、その上の六つの弟は、少し迷っていたが、眠気に勝てず、母を追い掛けた。
 祖父と双魚は、食器を片付け、父と八つの弟が食卓を拭く。
 「遊びに行ってくるね」
 「どこ行くんだ?」
 「〈丸燭(まるしょく)〉さんち。時雨(しぐれ)ちゃんが鳥見せてくれるって」
 祖父に答えながら、弟は飛び出した。この弟は生まれ日の星から、他所の人には「秤(はかり)」と呼ばれる。時雨ちゃんは、生まれた日の天気に因む呼び名だ。
 弟が駆け抜けた庭で、菜の花の黄色が、風に揺れる。
 今年も庭のアーモンドが、薄紅色の花を満開に咲かせている。双魚は豊かな実りの予想から、香ばしい焼き菓子を連想した。
 「じゃ、俺達もそろそろ行くか」
 「行くって、どこへ?」
 父に声を掛けられ、双魚は振り向いた。父は、小さな瓶を手に、戸口へ歩いてくる。
 「注文の品を届けに、お城へ行くんだ。お前も本格的に修行を始めるから、顔見せに行かなきゃな」
 あまりに急な話で、双魚は何と返事をすればいいかわからない。曖昧な表情のまま、父と祖父を見る。祖父は椅子に掛け、食後のお茶をすすっていた。
 父が双魚の手を取り、小瓶を握らせた。
 「これは、王子殿下のご注文の品だ。落とすんじゃないぞ」
 「えぇッ!?」
 思わず手に力が入る。
 石のようなすべすべした硬い材質。瓶は、双魚の手にすっぽり納まる。全体がアーモンドの花のような薄紅色で、複雑な幾何学模様が描かれている。よく見ると、小さな文字がびっしりと書き込まれていた。滴型の飾りが付いた同じ材質の蓋にも、文字が書かれている。底の窪みには、アーモンドの花が描かれていた。
 瓶はひんやりしているが、双魚の掌には、汗が滲んだ。

 ……この瓶、立体構造の魔法陣だ。
 父さんが注文されたのは、瓶じゃなくって、この、中身……

 「殿下が、能力の高い使い魔をご所望でな。やっと完成したんだ。お前にも、少しずつ、作り方を教えるからな。約束の時間は夕方だし、歩いて行って、旧市街を見物しような」
 双魚は父と並んで家を出ながら、何も考えられないまま、こくりと頷いた。

02.禁則事項←前  次→ 04.魔法生物
第01章.王都コイロス
↑ページトップへ↑

copyright © 2014- 数多の花 All Rights Reserved.