■薄紅の花 01.王都コイロス-20.中心街へ (2015年05月09日UP)

 双魚は、ポケット越しに、父から預かった小瓶を握りしめた。この中には、父が作った魔法生物が、封印されていた。蓋を開けた者と使い魔の主従契約を結ぶまで、眠り続ける。双魚の魔力では、開けられない。
 まず第一の目的は、父の最後の仕事を果たす。
 あわよくば、城の兵営で癒し手として置いてもらえないか、頼むつもりだ。
 王都に魔獣が侵入し、日増しに勢力範囲を拡大している。それだけ怪我人も増え、癒し手の需要も増している。【飛翔する梟】の術の大部分は、行使の身体的条件が「未婚」だ。魔力が強くとも、欠格者には術を発動させられない。子供ならば、呪文を教えさえすれば、癒やし手になり得る。だからこそ、兵は門の詰所に孤児を集めていたのだ。
 双魚にそこまでの考えはなかったが、詰所と同じように、兵営に受け容れられることを期待していた。入れて貰えないまでも、魔法生物の報酬を受け取って、ラキュス湖畔に行くことを考えていた。

 道行く大人達から、真偽の程も定かでない不吉な噂が聞こえて来る。
 ここはもう駄目だ……
 王都の夥しい死に惹かれ、魔物が流入し、遺体からも発生している。
 近隣諸都市も被害を受けたが、王都コイロス程酷い所はないらしい。
 伝手があるなら、さっさと被害のなかった田舎に疎開した方がいい。

 王都がダメなら北へ抜けて、ラキュス湖で魚を獲って暮らせばいいのに。
 双魚は通り過ぎ様、大人達の噂を拾いながら、そう考えていた。父と二人で、魔法生物の素材を採りに行った時には、魔物の姿はなかった。
 王都を捨てる人、旧市街を目指す人、宛がなく通りに留まる人……
 人波にもまれ、幼い兄弟はなかなか先に進めなかった。ここではぐれたら、もう二度と会えないかもしれない。二人は固く手を握り合い、大人達の速さに合わせようと、懸命に進んだ。
 昼前に第二街区と第三街区を隔てる市壁に辿り着いた。
 門前で、人がごった返している。
 検問も何もできる状態ではなく、みな、それぞれの行く先に向かって移動している。他人に構う余裕はなく、ぶつかりながら、人波を泳ぐように掻き分ける。
 誰もが【跳躍】を使える訳ではなく、【無尽袋】を用意できる訳でもなかった。運べる物の量は、魔力の強さによる。引越しの荷物を抱え、家族や親戚が一塊に移動していた。
 幼い二人は、大人と荷物に埋もれ、引き離されそうになりながらも、何とか手を離さずに門を抜けた。
 第二街区の一角は官庁街だ。第一街区に収まらなかった庁舎が建ち並び、その周辺を官舎が取り巻いている。
 ここなら、中に入れて貰えるのではないか。
 淡い期待を抱いた人々が押し寄せ、ここも既に通りが人でいっぱいだった。官庁街や官舎の区画にも、急拵えの天幕や仮小屋が犇めいている。
 兄弟は立ち止まらず、中心街を目指した。

 第一街区の門には、午後遅くに着いた。
 疲れ切り、足を上げるのも億劫だった。弟は一言も喋らず、双魚の手を白くなるまで握り、ついて来ている。
 兄弟は知る由もないが、第一、第二街区は、防犯と防衛の都合で、【跳躍】を使える場所が、他の街区よりも少ない。門が混雑しているのは、この為だった。人の流れは、「跳べる場所」を目指していた。
 ここでは、外国軍の噂が多かった。
 兵達は、声を嗄らして交通整理にあたっていた。二人はそれに従い、第一街区に入った。
 二人が見たこともない大きな建物が、整然と聳えている。いずれも古く重厚で、この国の歴史を刻んでいた。
 「兄ちゃん、おなかすいた」
 ずっと黙っていた弟が、口を開いた。双魚は、門の脇にある詰所の陰に、弟を引っ張って行った。人混みから出ただけで、ホッとする。ヒビひとつ入っていない石畳に腰を下ろし、詰所の壁にもたれる。双魚も、もうこれ以上、歩けなかった。
 第六街区の配給袋を開ける。干し無花果が後みっつ。第三街区の配給袋は手付かずで、小さな堅パンふたつと干し肉四つが入っていた。
 第三街区の詰所で貰った水も、少し残っている。瓶には何の術も掛かっていない。双魚は、水を浄化する術なら使える。水溜まりでもあれば、飲み水には困らない。
 双魚は、弟に干し無花果をひとつ渡し、自分もひとつ齧った。少しずつ齧っている間に、弟は丸ごと頬張り、すぐに飲み下した。双魚は弟に堅パンの残りを与え、自分は水を飲んだ。
 動けない程の空腹を感じているが、それ以上、食べる気がしなかった。弟は堅パンを無心で頬張り、あっという間に平らげた。
 ぐずぐずしていては、日が暮れてしまう。二人とも、腰に根が張ったように動けない。
 道を急ぐ人の群をぼんやりと眺めた。誰ひとりとして幼い兄弟を気に掛ける者はない。

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第01章.王都コイロス
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