■薄紅の花 01.王都コイロス-23.内憂外患 (2015年05月09日UP)

 双魚は聞いてはいけなかったのか、と後悔した。
 兵は溜め息をついた後、状況をわかり易く、噛み砕いて説明してくれた。
 噂は、概ね事実であった。

 災害によって、王都を守る結界が失われた。
 夥しい死の匂いに惹かれ、王都に魔獣が侵入した。家屋倒壊と火災による焼失は、新しい街区程酷く、死傷者も多い。それに伴う魔獣の被害も同様だった。民は近隣の農村や、旧市街に避難した。
 王室は早々に第六、第七街区を切り捨てた。
 兵士や職人の被害も甚大で、街の修復もままならない。第五街区から内側は、瓦礫の撤去だけは何とか終わった。第六、第七街区の廃墟に魔獣が潜み、撤去の為には駆除しなければならないが、それすら手が回らない。
 魔獣は、生死を問わず、魔力を持つ者を喰らえば、その分、大きく強くなる。瓦礫に埋もれ、人の手で回収できなかった遺体は、もう、ないだろう。
 人が減った分、魔獣が増え、今や王都は完全に包囲されている。日中はまだ何とかなっているが、夜間は中心街にまで侵入し、路上に溢れた避難民を襲っている。
 日毎に魔獣が強くなる。その為、家を失わなかった民も、郊外に親戚などがいる者は、王都から出て行った。
 流通が滞り、物資が不足してる。それが更に人の流出を招いた。
 西のインブリカータ王国と南のボスリオキルス王国が、進軍を開始した。
 インブリカータ軍は進路上の町や農村で、陸の民を排除しつつ、王都に迫っている。
 ボスリオキルス軍も同様に、湖の民を排除しながら、王都コイロスを目指している。
 両軍共に少数派の保護、災害救助の名目で動いているが、事実上、災害の混乱に乗じた侵略だった。
 地方の師団から、援軍要請が続々と寄せられているが、王都コイロスから派兵することは不可能だ。地方から王都に呼び寄せた兵を持ち場に戻し、東部から各地に増援を送っている。民兵や義勇兵も募っているが、元々、戦う力を持つ者が少ない。
 東部を手薄にし過ぎると、今は沈黙を守り、静観している東のアミトスチグマ王国も、どう動くか知れたものではなかった。

 「まぁ、それでも、俺は最期までこの国を守るのが仕事だからな」
 自嘲気味に笑う兵の胸で、【飛翔する鷹】の徽章が揺れた。魔法戦士の証だ。日々の暮らしに使う術も、戦いの力に変える。例えば、皿洗いに使った水の術も、敵を溺れさせたり、毒を混ぜて撒くことに使う。
 「お前ら、城に行くっつってるが、どうしようもなくなったら、東へ逃げろ。ここも、もうじき戦場になる」
 双魚は、兵の目をしっかり見て頷いた。弟は賄いを食べ終え、食卓に突っ伏して寝息を立てている。双魚は思い切って言ってみた。
 「あの、明日の朝、お城に行かせてください。王子様に届け物があるんです」
 「そういや、さっきも言ってたな。城に避難する口実じゃなくてか?」
 「はい。どうしても、渡さなきゃいけないんです」
 「何を?」
 「……魔法生物です。父さんが生きてる時に、王子様から頼まれたんです。今回のあれで渡しそびれて……」
 「魔法生物……」
 当番兵は渋面を作り、口をつぐんだ。双魚は父の禁を破り、依頼人の秘密を喋ってしまったことを後悔した。だが、一度口に出した言葉は、取り返しがつかない。
 双魚は兵の言葉を待った。

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第01章.王都コイロス
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