■薄紅の花 03.カルサール湾-14.旅人護り （2015年08月23日ＵＰ）
朝食後、今日は町の東門を出た。
石畳の街道を歩きながら、夏の記憶を辿る。
今も夏と変わらず、牧場では牛や羊が草を食んでいた。木々の葉が色付き、畑では野菜の収穫が行われている。栗を拾う人も居る。
夏に見付けた木は、赤くなった葉を風に舞わせていた。
落ち葉の下に心臓の薬になる草が生えている。花と同じ紫色の実が生っていた。この実も薬になる。
双魚は小袋に実を摘み、五本だけ根を掘った。その穴にひとつずつ実を埋め、歩きだす。
大気は澄み渡り、高い所に薄い雲が広がっている。渡り鳥の群が、鉤型の列を組んで何処かへ飛ぶ。
街道は荷馬車や旅人、行商人が行き交い、これまで通って来たどの道よりも賑やかだった。
平和な光景だ。
道行く人は厚着が多かった。双魚は、魔力を持たない人が、旅をしていることに気付き、足許に目を遣った。
街道の両端の敷石に、魔除けの徽が刻まれている。
あぁ、それで……
この種の魔除けでは、強力な魔物や地蟲のような大型の魔獣は防げない。それでも、多くの旅人を効率よく守る、便利な手段のひとつだった。
定まった形を成さない雑多な妖魔なら、これで充分だ。昼日中は影で大人しくしているが、雨の日や日暮れ以降は、活き活きと悪さをする。形を持たない為、大したことはできないが、小うるさい存在だった。
魔物と戦う術を持たない双魚でも、追い払うことくらいは、できる。
あれっ、ひょっとして、魔力のない人って、あんなのにも、やられちゃったりとか……
顔を上げ、道行く人々を見る。
剣を佩く者、背に矢筒を負う者、手斧や丈夫な棒を持つ者、盾や厚手の革を纏った者も居た。
魔除けを越えて来る狼や、形を持つ魔獣に物理的な手段で対抗する為の装備だ。
故郷の王都コイロスで世話になった兵士達よりも、ずっと重装備で、双魚は別世界の住人を見る思いで、旅人達を見送った。
「どうした？ 兄ちゃん、ボーっとして」
不意に声を掛けられ、双魚は身を強張らせた。
人の良さそうな行商人だった。大きな荷物を背負い、手には丈夫な棒を持っている。着膨れているので、彼も魔法が使えないのだろう。
「あ、いえ、別に……薬草を採りに来てて、もっと生えてないかなって、見てたんです」
「ふーん。兄ちゃん、見たところ魔法使いみたいだが、その薬草、どうするんだ？」
「薬を作るんです。俺、薬師の見習いなんで、材料探すのもまぁ……」
行商人は目を丸くし、双魚の肩を叩いた。
「ほぉー、若いのに魔法使いの薬師なのかい。偉いなぁ。いい薬ができたら高く買うぞ。暫くは町の宿に居るから」
行商人は笑って町に向かう。
双魚はその背に手を振り、薬草採りに戻った。
牧柵の脇で、土の塊が小さな山を作っている。粒が連なる特徴的な形。土中に棲む虫の糞だ。
双魚は小山を中心に、小刀で土をそっと掘り返した。土塊と一緒に紐状の虫が出て来た。水分の多い肉色の軟らかな身を切らないよう、そっと摘まみ出す。四匹捕え、術で干物にした。
この虫は、熱冷ましになる。
柵に沿って進み、二十匹近く捕え、腰を伸ばした。
少し考え、【跳躍】で戻ることにした。少しでも時間を有効に使いたい。
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15.火焔の禍
第03章.カルサール湾
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