■薄紅の花 02.森の家-16.急な別れ (2015年06月28日UP)

 その晩、双魚から詳しい経緯を聞いた狩人と老婆は、険しい表情で口を結んだ。
 老婆は孫娘の服の破れを繕い、溜め息をついた。
 血は、水の術で洗い流したが、穴は針と糸で修繕しなければならない。塞ぐ穴の大きさに、針を持つ手が震える。
 狩人は、魔獣の特徴を詳しく聞き、頭を抱えた。
 同じ魔獣に、息子のみならず娘までも奪われかけた。娘は自室で粥を食べた後、昏々と眠っている。
 「あの……手負いでほったらかしてすみません。逃げるだけで、精一杯で……守りきれなくて……俺……」
 「いや、お前さんは良くやってくれた。跳んで逃げたのもよかった。血の痕を辿って来られちゃ、マズイからな。ウチのバカ娘を助けてくれて、ありがとう」
 「い、いえ、俺は……俺の方が娘さんに守られたんです。娘さんが居なかったら、俺が食われてました。あいつの目を潰したのも、娘さんです。俺はまた、何もできなかったんです……」
 幼い日の苦い記憶が蘇る。
 役所の廃墟に入って来た灰色の魔獣。王都を蹂躙した地蟲。
 ここに来るまでにも、森の中で様々な獣や魔獣に襲われた。
 幼い頃は、誰かに助けられ、今は傷を負わされながら、【麻酔】で眠らせ、何とかやり過ごして来た。

 ……戦う力が欲しい。

 初めて切実に思った。
 「お前さん、やっぱり都会の人なんだな。そんなこと、いちいち気にしてちゃ、森じゃやってけん。……朝イチで村に送ってくから、荷物まとめといてくれ」
 「あ……あの……」
 「ウチのバカ娘と、顔合わせ辛いだろ? 今日まで引き留めちまって、すまなかったな。お医者様だって、わかった時、すぐ送ってけばよかったのにな。あいつがあんなに喜ぶなんて、兄貴が食われてから、なかったもんでな、つい……」

 狩人は言葉通り、日の出と同時に発った。
 老婆が、戸口で見送っている。
 娘は、まだ寝床の中だ。
 「鵬程を越え 此地から彼地へ駆ける 大逵を手繰り 折り重ね 一足に跳ぶ この身を其処に」
 狩人の【跳躍】で、名残を惜しむ間もなく、小さな村の入口に移動した。
 「じゃ、達者でな」
 大きな手で肩を叩かれ、双魚は小さく頷いた。
 「あの……皆さんも、お元気で。娘さん……お大事に」
 「あぁ、あいつは元気だけが取り柄だ。心配いらんよ」
 狩人は頷き返し、にやりと笑って跳んだ。
 村は、昇り始めた朝日を背に、既に目覚めていた。
 西を振り返ると、先程まで居た森が、遠く朝靄の中に霞んでいる。
 北は、峻険な山々が立ち塞がり、南にも山並が連なっていた。
 森と平野が東西に延びている。村の東には、麦畑と牧草地が広がっていた。

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第02章.森の家
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